scriptyとは、「台本に沿って動くことが正しい進め方である」という前提・メンタルモデルを指す造語。台本(script)が存在するかどうかの問題ではなく、台本に従属することを良しとする態度や構造のことを言う。
「台本に沿わないほうが良い結果が出る」という主張であれば、成果の比較で反論できる。しかしscriptyへの抵抗は成果の問題ではない。台本通りに動くことそのものが、ホワイトワーカーとしての判断力や即興性——つまり尊厳を損なうと感じられる点にある。
たとえ台本に従ったほうが効率が良くても、それでも嫌だという感覚。これは合理性の問題ではなく、「自分の判断で動いている」という実感に関わる問題である。
多くのホワイトワーカーが「発表が嫌い」と言う。しかし同じ人がLT(ライトニングトーク)のような場では楽しそうに話していることがある。
もし発表という行為そのものが嫌いなら、LTでも同じように嫌なはずである。差分はscriptyかどうかであり、「発表嫌い」の相当数は「scripty嫌い」として再解釈できる可能性がある。
CE(Collaboration Engineering)の体系は、構造的にscriptyである。
CEの二層モデルでは、Collaboration Engineerがプロセスを設計し、Practitioner(実務者)はその通りに実行する。論文は「短期訓練で済む」「ファシリテーションスキルを学ぶ必要がない」と利点として書いているが、これは裏を返せば「あなたは考えなくていい、この通りにやればいい」ということである。
CEはファシリテーター不在というコストの問題を解決する。しかし、実行者の判断や即興の余地を設計段階で意図的に排除することで、別のコスト——実行者の尊厳——を支払っている。
scriptyは個人的な好き嫌いにとどまらず、ホワイトワーカーの仕事の中に広く潜在する摩擦を指す概念になりうる。会議、発表、業務プロセス、研修——「決められた通りに動くことが正しい」という前提が暗黙に共有されている場面は多い。その前提そのものに対する違和感を名指す言葉として、scriptyは機能する。