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テレビマンはなぜ転職市場で評価されないのか 放送作家オフィス✏️ベイビー・プラネット 放送作家オフィス✏️ベイビー・プラネット 2026年3月13日 03:52

本日は「恵比寿の女の会」。

わたし以外のふたりは恵比寿に住んでいるわけでもないのだが (体の弱いわたしに合わせて)恵比寿で飲み食いしてくれる まぁ一言で言えば「飲み会」だ。

そこで話題になったのが 「市場でテレビマンの価値は低く見積もられる?」 という話。

たとえば転職する場合。 どこかの企業でずっと経理一筋にやってきた経理部長なら 「この人には経理を任せればいいんだ」とわかりやすい。

ところがテレビマン(制作者)の場合、 どんなにスーパーヒット番組のプロデューサーを経験していても 履歴書に書いたところで「???」となるのではないか。 (テレビ局を定年した人からも、転職は難しい、とよく聞く)

そこで今日は3人の酔っ払いが話し合った 「テレビマンの価値」について書きたい。 ①いくらでも頭を下げられる!(修羅場耐性)

我々テレビマンは「放送」という目的のためならば プライドなど捨てて頭を下げることができる。 「頭を下げてプロジェクトが進むならいくらでも下げる」のだ! 実社会で「謝罪力」は絶対必要! (しかしこれを一番に挙げるなwww) ②企画力

多くのテレビマンは高い企画力を持っている! ちょっと雑談していても面白い企画が出てくる(今日も出た)。 実社会でいうとコンテンツ開発力は抜群だ! ③何があってもやりとげる!

特に生放送経験者は、 どんな予想外のことが起ころうと 期間内に、受け持った時間を埋める!

みなさん「画面真っ黒」みたいな放送事故を見たことがあるだろうか? 逆にここ50年、テレビの裏で何のトラブルもなかったとお思いだろうか?

裏でどんなトラブルがあってもテレビマンは放送を遂行するのだ。 実社会では、トラブルを活かしながら良い方向に持っていける人材は 重宝されていい! ④締切を守る

これも特に生放送を経験したテレビマンに言えることだが 締切は何あっても遵守する。 20時からの番組なのに20時4分から始まった、なんて光景を 見たことがないだろう。

何があろうが、我々は締切を守る。 ③、④と関係するのだがわたしが就職した時は 「親の死に目にはあえないと覚悟しろ」と言われた。 今はそんな時代でもないが、たしかに去年、わたしは父を看取らず 千葉にロケに出かけた。 ⑤協調性がズバ抜けている

テレビマンと一言で言うが、 お金を管理するプロデューサー、全体の演出を考える総合演出、 実際にロケに出るディレクター、それを支えるAD、 構成を書く放送作家、カメラ・音声などの技術、 タレント、スポンサー、編成などいろんな人が関わって 1つの番組を作っている。 全員、利害が微妙に違うし、属性によって気性も全然違う。

エリート街道まっしぐらでやってきた人もいれば 現場を這いまって再戦前で番組を作る人もいれば 画面に映って矢面に立つ人もいる。

忙しい、疲れている、もう限界、みたいな中で 殺気立っていようが、嫌いなヤツがいようが 自分の”持ち場”を完璧にこなして、 どこかに不足があれば補いながらひとつの番組を作る。 協調性の塊だ! ⑥瞬発的判断力

海外ロケ行ったら約束していた現地出演者、来ない! ロストバゲッジで機材が届かない! 絶景を撮影するつもりがドシャ降りの雨! そんなこといくらでもある。 しかしその場で判断してなんとか面白いものを作る! ロケ経験豊富なディレクターの瞬発力に敵う者をわたしは知らない。 ⑦コミュ力

コミュ力は、ずば抜けている! わたしはテレビマンの中ではコミュ力がないから放送作家という 文字を書く仕事をしているわけだが、こんなわたしでも ご近所やPTAで考えると、コミュ力がある方だ。

もっとも顕著にテレビマンのコミュ力を感じるのは 「デートや、合コン」だ。 若い頃には異業種の男性と食事をする機会もあった。 そんな時にいつもいつも、ほぼ100%思ったことは 「うわー、この人たち話つまんねー」だった。 どんな大企業のエリートだろうと、イケメンだろうと、 一緒にいてつまんなかったら時間の無駄だ。

その点、テレビマンは3人いたら確実に1人は面白い。

おもしろに限らず、取材で慣れているからか 誰にでもどんどん話を振ることができるし リアクションも大きいし、自分のネタも持っている。

段取り力もテレビマンは素晴らしい! 予定していた店に入れなかったら、もっといい店を即座に 探して予約するし、その間に別の人は交通手段を調べている。 大企業の坊ちゃんは「えー? どうする?」とこっちを向くww ⑧エビデンスがなくても動ける

実社会ではエビデンスがないとなかなか動けない人を見かけるが その点、テレビマンは「仮説」で動ける。 「こうじゃないか? やってみよう」のトライ&エラーの繰り返し。 言い換えればノリで、成果を上げる。 ⑨情報処理の能力

莫大なロケ素材から、必要箇所を選び出してストーリーにする。 それがいわゆるテレビの「編集」だ。 情報感度は高いし、ものごとを編集する能力にも長けている人が多い。 情報が溢れるこの時代に、適切な引き算ができる人種なのだ。 ⑩人間観察力

人を取材する仕事だからだろうか、人を観察する能力がある人が多い 「サラメシ」など「はたらく大人の昼ごはん」というテーマだけで 14年間、毎週3〜5ネタほど放送してきた。 全部違う話だ。 それはどんな人からも、人それぞれの物語を抽出できている! ということ。 サラメシを例にとったが他の番組でも同じことが言える。

こうして書き連ねてみても確かに履歴書には書きづらいかもしれない。

「肩書き」では何する人かわかりづらい。 「再現性のあるスキル」が何なのかもわかりづらい。

いわば「総合的な力」、「人間力」みたいなものに長けている。 特に活躍してきたテレビマンは、何にでもなれると思う。

それでも年齢が上がるとテレビマンはテレビ業界の中で (出世街道を歩んでいる一部の人を除いては) 「扱いづらい人」というステイタスになってしまう。

年齢が上がったからといってスキルが落ちている人はいないし デキる人は、時代に合わせる能力も持っているのに、である。

10年くらい前、 おじさんディレクターさんたちが、ウデは確かであるにも関わらず 仕事を得られずにいることを、とても悔しく感じていたわたしは 自分の会社「ベイビー・プラネット」のほかに、もう一社 「ジージー・プラネット」を立ち上げたいと本気で考えたこともある。 彼らは間違いなく、そこらの小僧より優秀なのだ。

「老害」という言葉が嫌いだ。 一生懸命働いて知見を貯めてきた人への敬意に欠ける。 もちろん本当に「害」がある人がいるのもわかる。 でも「老害」という言葉はすべてを一括りにしすぎだ。

「オールドメデイア」という言葉も罪深い。 新聞は新聞、雑誌は雑誌、ラジオはラジオ、テレビはテレビ、 それぞれに役割があってその役割が古くなったわけではない。 ニーズの推移はあるが、オールドとひとくくりにして 古さのレッテルを貼るのは間違っている。 (今もテレビから新しい文化が生まれることは多々ある)

以前から何度も言っているが「マスゴミ」という言葉も嫌いだ。 マスコミの中にも使命感を持って働いている人がたくさんいる。 どのメディアの誰を指しているのか、もう少し解像度を上げてほしい。

お給料をもらって働いてる人は全員 「リーマン」とくくられたら、どんな気持ちだろうか? 気持ちは置いておいたとしても、正しいカテゴライズだろうか?

世界は言葉によって規定されるから! 造語で世論は簡単に操作されてしまうから! 言葉を生業とする身として、背筋が伸びる。

ちょっと話が逸れてしまったが テレビマンは一般的な転職市場では評価されづらいものだと よく聞く。

しかし定年した先輩たちの顔を思い浮かべて 「あの人がもし商社に転職したら  とんでもないヒット商品を見つけてくるぞ!」とか 「あの人がもし自動車メーカーに転職したら  絶対、誰も気づいてない不便を解消した車を提案するぞ」と思う。 「あの人がオカモトに転職したら、0.01ミリの壁を越えるぞ!」 とも思う。

どんな先に見えないプロジェクトでも結果を出してきた人たちだ。 本当はどこへ行っても通用すると思う。 これからの時代、絶対必要な能力を持っていると思う。

病院に例えてみよう。 専門医の先生ばかりでは見つからない病気がある。 だから総合診療医、ドクターGがいるわけだ。

優秀なテレビマンの能力は、ドクターGに近い気がする。

テレビマンは転職市場では評価されにくいかもしれない。 でも実際にはどんな業界でも使える能力を持っている人たちだ。

もしAI時代に本当に必要な人材を探すならプログラマーだけじゃなくて テレビマンも候補に入れるべきだろう。

こうして考えてみると、テレビマンの能力をひとことで言うなら 「人を主役にする能力」かもしれない。 わたちたちは自分が目立つ仕事ではなく、 誰かの魅力を見つけてそれを世の中に伝える仕事をしてきた。

正直、今の”転職市場” の “価値判断の基準” は わたしの目から見ると、間違っているように見える。 働く人の、商品の、魅力を見つけて世の中に伝える人が 不要だというのだから。

でもそれでいい。

転職の網に引っかからない宝物がたくさんいることはわかっている。 そんなお宝人材と一緒に何ができるかを考えた方が 誰もやってない、新しいことができそうだ。

そうこうしているうちに、わたしたち「恵比寿の女の会」メンバーも お宝人材(能力を持て余す元テレビマン)になるのかな?

まぁそんな話ばかりしていたわけではない。 「きょうだい、って全然、性格も考え方も違うけど  血がつながってるから発する言葉が容赦なくて  難しい時あるよね」みたいな話とか 「高市政権どうよ」な話とか うちの息子の受験話とか、腹膜透析患者会の話とか、 「新企画爆誕」とか。

本当に心置きなく話せて、 経済格差がないからお店選びにも苦労しないし とても良い、大好きな友人たち、ではあるのだが…

ふたりは非常に美しくてキラキラしてて わたしだけひとり、みすぼらしいので、 いつもちょっぴりコンプレックスを抱きながら 家路につくことになる。

また「自分お手入れ月間」始めようかな… 去年も同じ理由でお手入れ月間初めて3日坊主どころか 2日しかもたなかったけど…

問い

この記事が炎上してるんだけど、どういうこと?

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炎上している理由は、この記事が「テレビ業界の人を励ます/再評価したい」という意図で書かれている一方で、読み手(特にテレビ業界外や採用側)から見ると“根拠の薄い自賛”や“他業界への見下し”に見える要素が多く、反感を買いやすい構造になっているからです。典型的には次の論点が刺さります。

1) 「他業界の人はつまらない」など、露骨な他者下げが入っている

記事中に「異業種の男性と食事するとほぼ100%つまらない」「大企業の坊ちゃんは“えー?どうする?”」みたいな表現があり、これはテレビマンの長所を語る文脈でも、読者には

2) 「エビデンスがなくても動ける」を美徳として語ってしまった

本人は「仮説で動ける/トライ&エラー」を言いたいのですが、言葉の選び方が悪くて、読む側には

3) 転職市場で評価されにくい理由への理解がズレて見える

記事は「テレビマンには人間力があるのに市場の価値基準が間違っている」と寄せていますが、採用側の論点はそこよりも、

4) 「謝罪力」「頭を下げる」などがブラック自慢・体育会自慢に見える

業界外からは「それ能力というより、過酷環境に慣れただけでは?」と受け取られがちです。さらに「親の死に目に会えない」系の話は、同情よりも「そんな業界の価値観を正当化するの?」という批判が出ます。

5) テレビ業界への不信感が前提にある

「オールドメディア」「マスゴミ」への反論も書かれていますが、そもそもテレビに不満がある層は、


まとめ(何が起きてるか)

この記事は「テレビマンには汎用スキルがある」と言いたいのに、文章の端々に

もし「どの一文/どの箇所」が特に叩かれているか(SNSの引用やコメント)を貼ってくれたら、炎上の核になっているポイントをもう少し特定して整理できます。

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元ポストはこれ: https://x.com/TJO_datasci/status/2035379943325209070

日本のテレビ業界から島耕作的な昭和臭が抜けない理由が明確に分かる怪文書だった。そりゃあ転職市場で評価されるわけがないというか、令和の現代においてこの怪文書に執筆者の名前を載せて公開することの意味すら理解していないんだなという感が凄い

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その元ポストが刺している「炎上ポイント」は、記事そのものの“主張”というより、文章のにじみ出る価値観(昭和・内輪・テレビ村ノリ)が、いまの一般的な職業観/採用観とズレて見えることです。引用ポストの「島耕作的」「昭和臭」「名前を載せて公開する意味すら…」は、だいたい次の要素をまとめて批判しています。

1) “身内の武勇伝”を、普遍的スキルとして押し出している

記事の列挙(謝罪力・修羅場耐性・何があってもやり遂げる・親の死に目に…等)は、テレビ業界の現場では「すごさ」の証明でも、業界外からは

2) 他業界・他職種への“見下し”が混ざって見える

特に燃えやすいのが、

3) 「エビデンスがなくても動ける」が、悪い意味で“テレビのノリ”に読める

本人は「仮説で動く/トライ&エラー」を言いたいんだけど、言葉が強くて

4) 「転職市場の価値判断は間違っている」が“他責・選民感”に見える

採用側が知りたいのは「どの職能で、どの成果を、どう再現できるか(KPI、予算規模、権限、役割、チーム規模…)」ですが、記事はそこを詰めずに

5) 「実名で公開する意味が分かってない」は、公共発信のリスク感覚への揶揄

今は、ちょっとした職業差別っぽい表現や根拠軽視っぽい一文があると、


結局「何が起きてるか」

記事は「テレビマンの汎用能力を再評価したい」という善意寄りの内容なのに、文中の例えや言い回しが

もしそのXポストへのリプや引用で「特にここがダメ」とされている文言がいくつかあるなら貼ってください。炎上の“核”になっている一文を特定して、どう直せば批判が減るタイプの文章になるかまで整理できます。

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以下部分に対して、

しかし定年した先輩たちの顔を思い浮かべて
「あの人がもし商社に転職したら
 とんでもないヒット商品を見つけてくるぞ!」とか
「あの人がもし自動車メーカーに転職したら
 絶対、誰も気づいてない不便を解消した車を提案するぞ」と思う。
「あの人がオカモトに転職したら、0.01ミリの壁を越えるぞ!」
とも思う。

次のように言っていますね。

これを堂々と書けるって、厚顔無恥とかそういう問題を通り越して単なる世間知らずだなという感想しかない。実際問題としてこれらの業界の顧客の方々と業務で対面している我が身からすれば尚更

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この引用ツイの人が怒っている(呆れている)のは、そこで書かれている賛辞が「テレビの現場で通用する能力」の話を超えて、他業界の専門性や現場の泥臭さを軽く扱っているように見えるからです。ポイントは「応援のつもりの妄想」が、業界外の読者には“侮り”に読めてしまう構造になっていること。

何が「世間知らず」に見えるのか

1) 専門性の山を“思いつき”で飛び越えられる前提に見える

それを「テレビマンなら(転職したら)できる」と“軽く”言い切ると、当該業界の人からは

2) 「顧客と向き合う責任」の重さを無視しているように見える

引用ツイの「顧客の方々と業務で対面している我が身からすれば尚更」はここで、製造業やBtoBの世界だと、

3) テレビ業界の評価を上げたい文脈なのに、他業界を下に見ているように読める

この段落は言外に、

4) 転職市場の文脈では「再現性の説明」になっていない

採用・転職の観点だと求められるのは、

要するに何が地雷だったか

この部分は「テレビマンの汎用スキル」を語るつもりで、他業界の成果(ヒット商品・車・超薄型製品)を“テレビ的な企画力や人間力”で上書きできるかのように書いてしまった。結果、他業界の人には「現場の積み上げを知らない/敬意がない」に見えて反発が出た、ということです。

もしこの段落を炎上しにくく直すなら、「できる」ではなく「貢献できるかもしれない」に落として、しかも “企画の初期仮説・顧客観察・ストーリー設計”など役割を限定して書くとだいぶ印象が変わります。

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なるほど、誇張と煽りがすぎてるわけか。

個人的には、いわゆるカタリストとしては優秀そうだなって思ったんです。とは昭和的なのでカルチャーマッチングしてくれるかが怪しいところではありますが。

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そういう見立てはかなり筋がいいと思います。あの文章の「言い方」は炎上向きなんですが、機能として切り出すと「カタリスト適性」は確かにあります。

テレビマンが“カタリスト”っぽく強い理由(機能で見る)

記事で挙がってた要素を、企業側で価値が出る形に翻訳するとだいたいこうです。

このへんはまさに「専門家がいる組織に“化学反応”を起こす役」になり得ます。

ただ、カルチャーマッチの地雷も“昭和的”に見えやすい

懸念してるポイントも妥当で、炎上した文章ってそのまま地雷チェックリストにもなっています。

なので「カタリストとして有能そう」は同意しつつ、採用するなら“役割の定義”と“行動規範のすり合わせ”が必須です。

相性が良い配置(成功しやすい置き方)

あなたの「昭和的でカルチャーマッチ怪しい」は、まさに“能力の有無”ではなく組織の作法に馴染めるかの話なので、評価軸として正しいです。採用側が見るべきは「テレビで何をやったか」より、「異文化の専門家集団で謙虚に回せるか」「説明責任の作法を身につけられるか」ですね。