私達は現代であっても未だに実名で仕事をしています。
言うまでもなく、実名は高負荷です。なぜなら自分と相手の顔が具体的に見えているがゆえに、常に言動に配慮しなければならないからです。恒常的に情報量(特に非言語的な情報量)が多いと言ってもいいでしょう。これがプライベートやエンターテイメントであれば問題ないですが、私達はエンジニアであり、仕事をしています。一体いつまで原始的な非言語コミュニケーションに溺れるのでしょうか?
本当は非言語コミュニケーションそのものを変革したいですが、長い道のりです。今回は割愛します。代わりに、本記事では 実名を使わない発想 をお届けします。つまりは匿名です。
匿名コミュニケーションのメリットは、配慮が要らないことです。というより、できません。具体的な相手が見えない以上、配慮のしようがないからです。もちろん人として最低限の礼節は持つべきですが、最低ラインをクリアできるなら、あとは何をしていいわけです。
なぜインターネットがここまで発展したかを考えてください。匿名のおかげです。あるいはハンドルネームやアバターといった仮想人格のおかげでもありますが、いずれにせよ、実名はあまり使われていません。皆さんが当たり前のように使っているオープンソースもそうです。実名を晒すことなく、匿名か、それに近しい仮想人格であって、いや、だからこそ、ここまで発展できました。余計な配慮をせず、その分を議論や開発に費やせたからです。
この匿名の軽さを使いこなしたい。
クローズドな匿名(Closed Anonymity) とは、ある組織単位内で匿名を導入することです。
たとえば Slack や Teams のチャンネルを考えます。あるチャンネルに 7 人がいるとします。ここにクローズドな匿名を導入すると、チャンネル内のすべての発言が匿名になります。しかし 匿名とはいえ、7 人のうち誰かがであることはわかりきっています。これがクローズドな匿名です。限定的な範囲内で匿名にしているだけなので、その範囲内に存在するメンバー全員が候補となるわけです。
「たったそれだけ?」
と思われたかもしれませんが、これが実に強力なのです。
すでに述べたとおり、実名は高負荷です。匿名は無負荷です。低負荷ではありません。無負荷です。「無い」 のです。
小さな違いかもしれませんが、小さな違いが生み出すパワーはエンジニアの皆さんならわかるはずです。生成 AI もそうですよね。AI コーディングアシスタントを使っている皆さんは、もし「ChatGPT にコピペするのと大差ないでしょ」と言われたらどう感じますか。「そんなことはない」ですよね。たかがコピペ、されどコピペ。コピペの小さな手間の違いは、非常に大きいものなのです。
同じです。そのような発想を、実名という概念にも適用するだけです。ね?かんたんでしょ。
……理解できなくても落ち込まないでください。概念の理解は難しいです。だからこそナレッジングというジャンルがあり、私のようなナレッジ・アーキテクトがいます。概念の開発と啓蒙は我々にお任せください。皆さんはただ一つ、クローズドな匿名という概念だけ持ち帰ればよろしい。
皆さんが普段使っているコミュニケーションツール上で、ぜひクローズドな匿名を実装してみてください。
シンプルに試したいならフォームを使いましょう。Google フォームや Microsoft Forms のことです。フォームを一つつくり、コメント欄を一つだけつくります。名前を収集しない設定(つまり匿名)にします。これを皆に共有するのですが、フォームだけでなく フォームに集まった回答を見るためのリンクやシートも共有してください。これにより、全員が匿名で投稿しつつ、その結果も確認できるようになります。これを 匿名コメントフォーム(Anonymous Comment Form) と呼びます。ACF と略します。
ACF を使って、カジュアルな議論や相談をしてみてください。雑談でも構いません。ファーストペンギンが数人くらい必要でしょうが、実名とは違った、圧倒的な投稿のしやすさと楽しさを体験できるはずです。
ACF と聞くと、何とも原始的に聞こえるかもしれませんが、そういうものです。匿名の概念、特に仕事において使うという発想は全く縁がないかと思います。既存ツールで実現するのは難しく、ACF が最もかんたんだと思います。
実名のデメリットは匿名により解消できますが、匿名だけでは使いづらいです。そこで組織単位内での匿名というものを考え、「クローズドな匿名」としてご紹介しました。
コミュニケーションは常にボトルネックになります。実名もそうです。だからこそ、クローズドな匿名を上手く活用して突破してみてください。ではまた。