knowledging

エンジニア、マネージャー、そしてスプレッダー

背景

エンジニア vs マネージャー

私達エンジニアはエンジニアリングをしていたい。エンジニアだけならいいのに、と言いたいところですが、そうも行きません。50 年以上前から、もう一つの役割「マネージャー」が必要不可欠だとされてきました。

ごく一部の優秀な少人数パーティか、ティール組織のような先進的な組織を除けば、必ずエンジニアとマネージャーの二つの役割が必要となります。しかし、どちらも生態が違うので、よく衝突します。私が好きな議論を一つ置いておきましょう。

どちらでも拾えない領域がある

最近気付いたのは、エンジニアでもマネージャーでも拾いきれない第三の領域があるということです。

たとえば Glue Worker はわかりやすいと思いますし、スタッフエンジニアのような上級職もすでに定着しています。要するに、典型的なエンジニアリングやマネジメントではまかなえない数々の細かい作業やフォローが実態として存在するわけです。それをこなすには、優秀なエンジニアやマネージャーによるボランティアか、あるいはスタッフエンジニアのような「権威を持った」縁の下の力持ちが必要というのが現代のコンセンサスです。

忙しい!人手が足りない!

しかし、そのような役割は絶対数が少ない。もちろんチーム全体、組織全体をまかなえるものではありません。

もう一歩踏み込まないといけません。エンジニアでもマネージャーでもない、第三のあり方を定義するときが来ました。

スプレッダーについて

スプレッダー(Spreader) とは、その名のとおり「広める」ことに注力する役割です。

情報を広める

何を広めるかというと、情報 です。

エンジニアやマネージャーが取りこぼしている情報を拾って伝えたり、外部のナレッジを内部に持ち込んで伝えたり、逆に組織全体のために内部のナレッジを整理して外部に出したりします(社内外ではなくチーム内外の話です)。手つかずの調査や整理をこなした上で連絡したりもします。エンジニアもマネージャーも苦手とするドキュメントその他執筆や共有もやります。

縁の下の力持ち

エンジニアは主に仕事に直接関係するエンジニアリングを行います。マネージャーは主にプロジェクトに直接関係する管理(プロジェクトマネジメント)を行います。あるいはプロダクトやピープルなど管理対象はいくつかありますが、いずれにしても仕事と直接関係がある事項のみを扱います。

一方、スプレッダーは、直接関係があることは扱いません。代わりに、そうではないすべてのことを担います。プロジェクトとメンバーのドメインを理解し、その人達が取りこぼしていることを回収するわけです。あるいは、お節介さながらに、もっとこうした方が良いというアイデアを形にして勧めたりもします。

活動内容に正解はない

スプレッダーの活動スコープに関しては、正解はありません。何をすればいいかはチームやプロジェクトや組織によって異なりますし、同じ場所でも状況次第で変わります。唯一守るべきことは、仕事に直接関係があることはしない、これだけです。言い換えると仕事に関する直接的な責任を負いません。しかし、エンジニアやマネージャーを支えるために全力を尽くさねばなりません。

スプレッダーの例

スプレッダーは私が開発した「新しい概念」ですが、例はいくつかあります。

Glue Worker

Glue Work とはBeing Glue — No Idea Blogによると、次のとおりです。

Like noticing when other people in the team are blocked and helping them out. Or reviewing design documents and noticing what’s being handwaved or what’s inconsistent. Or onboarding the new people and making them productive faster. Or improving processes to make customers happy.

I call all of this glue work.

ですので、Glue Worker とは Glue Work の専任者です。エンジニアやマネージャーがボランティアでやるのではなく、第三の役割スプレッダーとして、責任を持って取り組みます。

カタリスト

ナレッジングにおいては、スプレッダーのことをカタリストと呼んでいます。チームの内外にナレッジを流したり、人に渡したりといった具体的な流通を重視しています。

時間の使い方

エンジニア、マネージャー、スプレッダーの違いを知るために、時間の使い方に注目しましょう。元の議論はMaker’s Schedule, Manager’s Scheduleが参考になります。

エンジニアは「まとまった時間」を欲する

たとえば「午前いっぱい」「午後いっぱい」などです。数字で言えば 3 時間くらいの枠になります。

エンジニアリングは創造的ですし、文脈も複雑でかなりの頭脳労働です。邪魔されることなく、自分のペースで集中し続ける必要があります。これにはまとまった時間が必要です。

マネージャーは「会話の時間」を欲する

一方で、マネージャーは誰かと会話するのがメインなので、30~60 分の枠をたくさん持っておいて、そこに誰を入れようか、と考える。

元の議論でもあるとおり、エンジニアとの相性は最悪です。折衷案としてハイブリッドが推奨されています。エンジニアリングタイムとマネジメントタイムの二つをつくって、たとえば午前をエンジニアリングタイム、午後をマネジメントタイムにするわけです。エンジニアリングタイムの間は、マネージャーはエンジニアに会議を入れません。マネジメントタイムの間は、会議を入れてもいいです(エンジニアも会議が入ることを想定して過ごします)。

余談: ハイブリッドについて

ハイブリッドは折衷案としてよく使われます。本来は複数が混ざっている様を指し、二要素である必要はないのですが、二要素の混在という意味で使われる事が多いです。

働き方もそうですよね。たぶんあなたの職場もハイブリッドワークと称して、リモートと出社の比率を指定されていると思います。経営層がよほど独裁的でなければ、基本的にはハイブリッドのはず。もしそうでないなら、その職場は多様性がないので今すぐ転職しましょう。もちろん給与や仕事内容が素晴らしいのなら、あえて耐えてもいいですが。

スプレッダーは時間枠を欲さない

ではスプレッダーは、どのような時間の過ごし方をするでしょうか。

実は時間枠そのものに頼りません。数字で言えば数分から 30 分くらいの、小さな枠を自由に切り替えながら、あちこちに影響を及ぼします。あのチャンネルにかんたんなコメントを書いて投稿して、あそこのドキュメントをちょっと直して、あれの進捗を確認して状況をリマインドして、勉強会用のネタを集めるための 5 分ライティングを消化して、AさんとBさんのあの議論を忘れてるからミーティングをセットしてあげて――、といろんなことを迅速に進めていきます。

一見するとエンジニアと似ていますが、エンジニアと違って創造的ではありません。どちらかと言えば「時間さえかけたら終われる作業」です。だからといって無限にできるものではないですし、コンテキスト・スイッチングが多いですから意外と疲れます。認知的な体力がフルタイムすら保たないことも珍しくありません。スプレッダーは第三のあり方であり、れっきとした役割なわけで、それなりに難しいわけです。

三つのあり方を共存するには?

では、エンジニアとマネージャーとスプレッダーの三つの役割が共存するには、どうしたらいいのでしょう。もちろんハイブリッドですが、あり方は二つではなく三つになります。

これら三つの時間帯を使い分ける必要があります。具体的には、一日のうち、どれをどれだけ行うかという比率を考えることになります。おおよそではなく目安でいいです。この比率を アクティビティ・ポートフォリオ(Activity Portfolio) と呼びます。

以下、それぞれ ET、MT、ST と略することにして、ポートフォリオの例を挙げます。持ち時間は(ランチタイムを除いた)7 時間とします。

Engineering Management Spreading 印象
2 5 0 よくあります。エンジニアが悲鳴を上げます
6 1 0 少人数だと機能しますが、大体マネージャーが悲鳴を上げます
4 2 1 エンジニアリング優先で、悪くないと思います
3 3 1 コミュニケーションを重視する組織だと思います
2 2 3 見たことがありません。どんな組織でしょうかね?

ポートフォリオに正解はありません。また、会社が推奨するポートフォリオとチーム内の標準的なポートフォリオが同じとも限りません。そのチーム、そのプロジェクト、その組織に合ったポートフォリオを動的に調整することが重要です。

役割と過ごし方の早見表

最後に早見表を置いておきます。

  Engineer Manager Spreader
ET Engineering Management or Engineering Spread or Engineering
MT Management Management Spread or Management
ST Spread Spread Spread

エンジニアはわかりやすいですね、その時間帯のとおりに過ごしてください。

マネージャーは、エンジニアリングタイムのときはエンジニアリングをしてもいいですし、マネジメント(つまりは引き続き誰かとの会話)に充てても構いません。

スプレッダーは、基本的にその時間帯のとおりに過ごせばいいですが、スプレッディングをしてもいいです。

なお、これも目安であり、組織次第で変えて良いです。ただしポートフォリオとは違って、動的に変えると混乱してしまうので、静的に決めてください。一度決めたら、少なくとも数カ月以上は変えずに運用してください。

おわりに

エンジニア、マネージャーに続く第三の役割としてスプレッダーを定義しました。また時間の使い方という観点から三つの違いを比較しました。

現代は難しい時代です。そもそも私達は人間であり、いくら技術が進歩したところで、組織のあり方など原始的なのです。なのにエンジニアとマネージャーの二つしかなかったわけですから、融通が利きませんでした。スプレッダーという第三の役割で、この膠着を打破できることを祈っています。

ではまた。