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エンジニアリングと DEI

背景

DEI を毛嫌いする理由もわかりますが……

皆さんが DEI を毛嫌いする理由もわかります。一部の過激なマイノリティが暴れているせいです。米国の DEI 廃止は記憶に新しく、心の中で賞賛したエンジニアも少なくないかもしれません。実際にテック企業はウェブサイトから DEI の表記を削除したりもしています。

しかし DEI は重要です

ナレッジ・アーキテクトの立場から言わせてもらうと、DEI は実はエンジニアの皆さんにとっても重要です。

一部マイノリティの暴走を受け入れろという話ではありません。もっと根本的かつ先進的な話題なのです。皆さんの身を守ることにもつながりますし、特にエンジニアリングマネージャーやスタッフエンジニアのようにチームや組織の視座に立つ者にとっても参考になります。というより前提となります。

現代は VUCA ですし、私達の生活水準とリテラシーも上がっています。この難しい時代に対抗するためには、面倒でしょうが DEI の視座が必要なのです。

DEI を考慮できない組織の弊害

以下が起こります。

DEI とは

エンジニアにもわかりやすいように、本質的な解説をしたいと思います。

多様性とは

多様性(Diversity) とは、複数のあり方が共存している様を指します。

働き方を例にしましょう。

全員が同じ時間帯に勤務し、出社し、ミーティングやワークの形で時間の使い方さえも拘束されるとします。これは多様性が無い状態です。

逆に、以下の 3 つのあり方がすべて共存している場合、

これは多様性があると言えます。働き方に関して 多様性のレベルが 3 である と表現します。3 つのあり方が共存できているからです。

ここで共存とは、以下二点を どちらも 満たします。

ですので、プロジェクトやチームのレベルでは多様的であっても、管理職や経営層のレベルでは多様的でないこともよくあります。見極めは単純で、ある集団の顔ぶれを見ればいいだけです。実際に共存できているかどうかがすべてです。共存の光景が見られない時点で、多様性がないのです。

公平性とは

公平性(Equity) とは、全員を一律的な水準に引き下げる様を指します。

対象は色々ありますが、いくつか挙げましょう:

全従業員に対して、最低限の保障をします。平等とは全く違うことに注意してください。給料を例にすると、全員の給料を平準化すると言っているのではなく、最低ラインを定めた上でその額は必ず保障すると言っています。

たとえば日本では「年功序列」という文化があって、若手は(著しくパフォーマンスを上げたとしても)中堅の 35 %、シニアの 20% の給料しかありません。これでは生活が苦しく、大手企業であっても若手は残業により生活費を稼がねばならない事態となっています。当然ながら、これでは生活の質も悪いですし、自己投資もできません。これを公平性の観点で是正すると、生活に困らない程度の給与ラインを定めた上で、全社員にそれを支給します。2000 ドル足りない人は +2000 しますし、300 ドル足りない人は +300 です。すでに足りている人は 1 ドルも足しません

包括性とは

包括性(Inclusion) とは、あらゆるあり方を受け付けることです。

仮に「全員を受け付けるために 11 種類の受け口が必要だ」としたら、11 種類を全部用意します。1 種類だけ用意してこれに合わせてね、ではなく、全員が機会を享受できるように、11 種類全部用意するのです。

またもや日本の例ですみませんが、申請主義 という現象があります。何らかの支援を受けたり制度を使ったりするためには、自ら自主的に申請しなければなりませんが、これは 申請先の存在を知り、かつ申請作業を行える能力を持つ人のみ の特権です。そうではない者がこぼれ落ちているのです。これを包括性の観点でとらえると、そのような脱落者に対して、よりきめ細かいフォローやサポートを複数種類用意する等になるでしょう。

私達エンジニアにもわかりやすい例も挙げましょう。あるマネージャーに申請やレビューを依頼する状況を考えてください。その人は対面の会議しか受け付けないとします。また、恒常的に忙しいため、上手く空きを調整しなければなりません。さて、これは包括的でしょうか。

言うまでもなく「いいえ」です。これでは対面会議が行える者にしか開かれていませんし、空きを調整するとなると事実上政治的な立ち回りが必要でしょう。たとえば有能で、礼儀礼節にも優れているが、テキストコミュニケーションしかできないエンジニアはどう扱われるでしょうか。おそらくまともに相手にされないはずです。このエンジニアは相手にされず、評価もされず、おそらく解雇されるでしょう。

これを包括性の観点で捉えると、マネージャーが 対面会議以外の受け口も用意するべきです。たとえばテキストコミュニケーションで完結する手段を用意します。用意できて、かつ機能できて初めて包括性があると言えます。

この場合、包括性のレベルは 2 です。2 通りの口があるのでレベル 2 です。包括性とはレベル 2 以上であることを指します。もちろんレベルは多い方が良い。

DEI を実現するためには

結論を言うと、エンジニアリングが必要です。

レベルという言葉が登場しましたが、レベル とは DEI の度合いを示します。多様性に関しては「あり方が何個共存できているか」、公平性については「保障された水準がいくつ存在するか」、包括性については「受け口が何個あるか」がレベルになります。

レベルは勝手には上がりません。レベルを上げるためには、具体的な概念と道具が必要です。それをつくれるのはエンジニアだけです。主にソフトウェアやシステムといった道具を思い浮かべるかもしれませんが、ナレジニアのように概念をつくることもできます。

これを DEI の実装 と呼びます。たとえば多様性のレベルを 1 つ上げるために、何かをつくることは多様性の実装と言えます。エンジニアリングの範疇です。要件を調べて、言語化して、設計して、ソフトウェアや概念に落とし込んで、それを使ってもらって検証していくわけです。

エンジニアだからこそ DEI が可能となる

DEI を声高に叫んでいる人の大半は、全く生産性がありません。「マイノリティの私を受け入れてよ!」の一言しか言っていないからです。それはそれで大事ですが、ビジネスとしては致命的です。具体的な議論や進展が全くないのです。

だからこそのエンジニアリングです。多様性にせよ、公平性にせよ、包括性にせよ、レベルを上げるためには一体どんな道具や概念が必要なのかを考え、つくって、試すのです。このようなことが行えるのはエンジニアだけです。

おわりに

私はエンジニアだからこそ DEI を意識してほしいと思います。そして実装していってほしいと思います。

私達は所詮人間であり、人間である以上、あり方には限度があります。単一のあり方に無理やり合わせるのには、もうウンザリしませんか?この長年の問題を解決できるのは、私達エンジニアだけなのです。