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フルアシンク

概要

フルアシンク(Full Async) とは、全面的に非同期コミュニケーションを行う働き方を察します。

ミーティングは対面・リモートを問わずありません。事前調整すれば可能ですが、頻度で言えば月に一回未満ですし、月一でもまだ多いです。年に一回もミーティングをしなかったとしても珍しくはありません。なおこれは社内の話であって、社外には適用されません。したがって社外向けの同期コミュニケーションを多数行う者は生じえます。しかし、少なくとも社内では非同期的です。

通知の解釈は自由です。メンションなどの形で通知を飛ばすことは自由ですが、受け手に即座に反応する義務はありません。即座の反応を強要することはハラスメントとなります。

概念

フルアシンクの構成要素を整理します。

難しい議論になりますが、一つずつ解説していきます。

1: 3T(Talk、Topic、Task)

3T(Talk、Topic、Task) とは、コミュニケーションの捉え方を Talk、Topic、Task の三段階で捉える考え方です。

従来のコミュニケーションは「正解が各自の頭の中にある」「それを会話によってすり合わせる」ものですが、これは同期的なあり方でありフルアシンクでは採用しません。かわりに、すべてのやり取りの単位を 3T で捉えます。

ランチタイム中に雑談を行ったときを考えます。従来ではただの雑談であり、どう解釈・処理したかも各人次第です。一方、3T で捉えると、この雑談は n のやりとりから成ると捉えます。やりとり一つ分を COIN(Cluster Of INformation) と呼びます。コミュニケーションは COIN の単位で構成されると考えます。ですので、たとえば次のような構造になります:

次に 3T について見ていきましょう。

Talk は発散的かつ無目的な段階であり、単に情報が集まっている段階です。雑談もここに含まれます。

Topic は「お題」が定まった段階です。「お題」に関する情報のみを集めます。「お題」とは関係のない話題は、別の COIN に移します。必要ならリンクを張ることで関連を示すこともできます。

Task は「やると決めたこと」が定まった段階です。といってもタスク管理ツールほど厳格な管理はしません(それはタスク管理ツールまたはプロジェクト管理の中でやるべきです)。開始・終了・中止といった状態、意思決定を行う担当者、期限やスケジュールやモチベーションといった進捗情報を軽く扱う程度です。

つまりフルアシンクでは、私達はたくさんの COIN をつくることになります。COIN をつくったり、既存の COIN を読んだり、もちろん書き足したり、その中で議論したりもします。COIN は流動的で、最初は Talk から始まりますが、Topic や Task に移していきます。

もちろん、COIN の数はそれなりになります。5 人から成るフルタイムのプロジェクトにおいて、1ヶ月間フルアシンクを行った場合、雑談も含めると COIN の数は軽く数百は超えます。千くらいはかんたんに届きますし、慣れた組織なら万に届くかもしれません。

2: 脱関係(De-Relation)

脱関係(De-Relation) とは、人と人の関係を深めるという営みそのものを想定しないあり方を指します。

ここで脱関係を示す、象徴的な台詞を紹介します。

誰が言ったかではなく、何が書かれているかを見よ。

そもそも同期コミュニケーションが廃れないのは、私達が関係の営みを大切にしているからです。関係性をつくり、深めることは人間の原始的な欲求ですし、認知的にも関係のある人物を相手にした方が節約できます。しかしこれは、関係をつくるためのコミュニケーションにそれなりに時間をかけなねばならないという弱点も抱えます。また、関係のある人物ばかりえこひいきしてしまい、政治につながります。プライベートではともかく、仕事としては賢いとは言えません。

そこでフルアシンクでは、この 関係という営みそのものを手放します。「誰」でフィルタリングするのではなく、「何」を見て、その「何」が問題ないのなら利用するべきです。もちろん、フルアシンクでは同期的な会話はしませんから、「何」は言われるものではなく書かれるものです。書かれたものを読む営みになります。

この脱関係という概念はわかりづらいかもしれませんが、エンジニアの皆さんであれば比較的理解しやすいと思います。生成 AI を思い浮かべてください。「誰」という観点では向き合わないですよね。生成 AI が「何」を出力しているかを見て、必要なところを使っていると思います。同じです。その考え方を、対人間に対しても適用します。冷たく思えるかもしれませんが、 非同期前提にするためには、そのネックとなっている「関係の営み」をなくすしかないのです

ここで以下の疑問をよく投げられます。

「では、関係を満たしたいという私のこの欲求は、一体どこで満たせばいいのだ?」

答えましょう。プライベートで満たしてください

辛辣に言えば、公私混同をするなということです。極端な話をすると、性欲を満たしたいからといって仕事で満たそうとは思いませんよね。ハラスメントです。同じことです。原始的な欲求を Bindful(相手の拘束を伴う)に満たすのは良いとして、それを仕事でやるのがそもそもおかしいのです。私達は獣ではありません。人間です。人間は理性的なはずです。さらに厳しいことを言いますが、仕事において関係性を求めて満たそうとする人達は、仕事で性欲を満たそうとする猿と同じようなものです。

3: ティール組織

ティール組織 とは、フレデリック・ラルーが提唱する組織パラダイムです。

この概念の詳細は割愛しますが、私達が今現在「組織」と聞いて思い浮かべるのは十中八九、階層的な組織です。これは同理論ではオレンジ組織と呼ばれます。犯罪組織(レッド組織)や宗教団体(アンバー組織)ほどひどくはありませんが、階層性というボトルネックは変わらず抱えています。皆さんの会社もそうですよね。上司がいて、部下がいて、自分の所属があって越権はしづらいはずです。上に行くための競争に明け暮れている組織も少なくないでしょう。

オレンジ組織では、フルアシンクはできません。オレンジ組織は時間の使い方が不平等な世界であり、階級の高い者の 10 分のために、階級の低い者が 1000 分を費やさねばなりません。また、階級の高い者は、そのような「短時間の意思決定」に慣れており、頭を使わない条件反射装置(Reactive Machine)と化しているから、できることが相当限られます。当然ながら非同期コミュニケーションなんてしませんし、できません。皆さんの組織、または周囲の、役職の高い人を浮かべてみてください。フルアシンクを行えると思いますか?フルアシンクを阻む根源は組織パラダイム、特に階層的な組織という構造そのものにあるのです。

では、階層的な組織のかわりに、一体どのような組織構造を使えばいいでしょうか?

その答えは実はまだ安定していませんが、現時点で確度が高いのがティール組織なのです。ティール組織は一言で言えばネットワーク型組織 です。私は 3P として整理しています。

パーティーはノードのようなものだと思ってください。会社とはノードから成るネットワーク構造です。ただし、これだけでは全体最適が効かないので、プロトコルで制御します。もちろん(従来の用語でいう)CxO のようなチーフ役やリード役もいます。もう一つ、資本主義的なお金儲けが第一だと、今のように階層的かつ搾取的になってしまうので、Piece の形でそうではないと掲げる必要もあります。

まとめ

フルアシンクを実現するためには、従来の同期コミュニケーションを、その根本原因を取り除いた「新しいモデル」を採用せねばなりません。具体的には以下三点を紹介しました。

いずれも 2025 年時点では、確たる成功例はありません。つまりフルアシンクは先進的な概念なのです。私はナレッジ・アーキテクトとして、リタイアするまでにこの世界観をつくりあげたいと考えています。

メリット

フルアシンクのメリットは次のとおりです。

ミーティング、関係構築の営み、階層的組織といった従来パラダイムのボトルネックが解消されるため、変革と適材適所が起きやすくなる。その結果、従業員ファーストで多様性の強い組織でありながら、持続的に事業を継続できるようになること

デメリット

フルアシンクのデメリットは 理解も定着もされづらい ことです。

フルアシンクは、端的にたとえるなら聴覚障害者になるようなものです。

その前提で普段どおり仕事をこなすようなものです。多様性のある会社に勤める読者であれば、聴覚障害者と働いたことはあるかと思いますが、おそらく普段のパフォーマンスは出せなかったはずです。単純な話、聴覚障害者側に寄り添って、一切会話することなく全面的に非同期で完結すれば済むだけですが、それさえもできなかったはずです。なぜかというと、単純に難しいからですね。そもそもエキスパートであるはずの聴覚障害者側でさえ、非同期的に仕事を行うスキルを持っていなかったりします。

大胆に言えば、非同期という働き方を人類はまだ開拓できていません。この時点でいかに理解が難しいかがおわかりいただけるかと思います。本記事でもわかりやすく解説してきましたが、それでも COIN、脱関係、ティール組織と難解な概念が続いてしまいました……。

ハードルはここだけではありません。仮に理解ができて、組織としてフルアシンクを実現できたとしても、その維持が大変なのです。なぜかというと、反対勢力が手強いからです。

フルアシンクでは、以下の反対勢力が生じます。

この二大勢力を放っておくと、フルアシンクは維持できません。次の組織再編で一掃されてしまうでしょう。

実装

フルアシンクを実装するには、概念の項で挙げた COIN と 3T、脱関係、ティール組織のすべてを実装できればいいのです。本記事の残りでは、実装に必要な手段を紹介します。

順にかんたんに見ていきましょう。

複数のコミュニケーションツール、たとえば QWINCS

フルアシンクでは非同期コミュニケーションを行いますが、これには専用のツールが必要です。チャットだけでは足りません。以前 QWINCS の記事を書きましたが、チャット(Chat)以外にも Q&A、Wiki、Issues(Ticket)、Note、Sticky boards(デジタルホワイトボード)があります。

全従業員がこれらを使いこなせねばなりません。つまりは 全社的に導入して、全社員が無許可で自由に使える必要があります。たとえば Issues で言えば、全社員が読み書きできる Issue スペース(GitHub の場合はリポジトリ)があって、誰でも自由に議論や投票ができるくらいは当然です。

余談ですが、このような考え方は Plurality として開拓されつつあります。

バーチャルオフィス、特に軽量で Daily Park を実現できるもの

フルアシンクでは物理的に集まれませんが、皆の注意を惹きつける仕掛けは何かしら必要です。バーチャルオフィスで代替できます。特に以前ご紹介した 軽量バーチャルオフィス(Light-weight Virtual Office) を使って、日単位のワークスペースをつくって、皆がそこに集まって各々書いていけばいいのです。自然と集まる場になりますし、皆に周知したいことや相談したいことも、単にそこに書くだけで非同期的に進めていけます。

タスク管理

フルアシンクにおける最重要事項です。フルアシンクをするということは、各自のタスクは各自で管理することを意味します。

たとえばあなたが 30 のタスクを持っているとします。Must なものもあれば、Should や Want なものもあります。これらのすべてを支障無く、かつバランス良く進めることはできますか?おそらく 98% の人が「いいえ」だと思います。エンジニアであっても、です。

なぜかというと、30 ものタスクを管理しつつ、自分の状況(Context)と調子(Condition)も踏まえながら、持続的に行動していくことなど不可能だからです。これを可能にするのがタスク管理なのですが、この分野はまともに体系化もされていなければ啓蒙もされていません。実際、私が体系化しなければなりませんでした。

しかしながら、私の見解としては「道具化が必須だろう」です。いくらタスク管理の体系を理解したところで、行動に移せねば意味がありません。私がナレッジ・アーキテクトとして、またタスク管理の専門家として多くの人間を見てきた上での印象を述べると、基本的に現代人にはタスク管理の才能がありません。ソフトスキルで食べているビジネスマンでさえも、です。ですので、タスク管理を支援するソフトウェアの開発が急務だと考えています。

SSoT なドキュメント

ティール組織の肝は 3P であり、そのうちの一つに Protocol があると述べました。Protocol とは組織の憲法や法律やルールを文書化したもので、社外にオープンに公開するものです。オープンにできるほど開放的でなくてはならないということですね。端的な例は The GitLab HandbookHolacracy Constitution v5.0 です。

これに限らず、フルアシンクでは「これこれの場合はこのドキュメントに頼れ」を徹底します。原典を「各自の頭の中」や「偉い人の頭の中」ではなく、外に出された「ドキュメント」にするのです。これを信頼できる唯一の情報源と呼びます。

SSoT はエンジニアリングにおけるデータソース全般に対して使う言葉ですが、フルアシンクではドキュメントに対して使います。ドキュメントは常に SSoT にする、くらいに考えてください。ここまで徹底して SSoT 化することにより、私達はドキュメント駆動的に働けるようになり、フルアシンクも実現できます。

おわりに

非同期コミュニケーションのみで仕事を行う、組織を成立させるというフルアシンクについてご紹介しました。現代でもまだ開拓されていない先進的な概念であり、その道のりも難解です。

だからこそ、実現できたときの効果も計り知れません。ミーティング、関係構築、階層的な組織といったパラダイムから脱せた世界を想像してみてください。決して妄想ではなく、現実的に手が届きうる世界なのです。届きうるということを、この記事で示せたと思います。

もし本気で実現したい方がいらっしゃれば、ぜひ私を頼ってください。雇ってください。ナレッジ・アーキテクト として力添えいたします。それではまた。