ラダーを上がるほど、つまり役職が高くなるほど抽象的な問題を扱うようになります。人や組織といった曖昧な事象も扱うため、ソフトスキルも重要になってきます。逆にラダーが低いうちは常に具体的で指示的な問題ばかりを解きます。技術的で「硬い」問題に取り組めばいいだけなので、ソフトスキルの出番はありませんし、むしろ忌避されます。
このバイアスを私は 逆三角型のキャリアラダー(Inverted Triangle Career Ladder) と呼んでいます。ラダーを上がるほど広く、ラダーが低いうちは非常に狭いわけです。
しかし、ラダーの上にいるからといって、実際に抽象性を扱う能力が高いとは限りません。逆に昇進していないか、一度しかしていないようなエンジニアであっても、抽象的な問題に取り組む力を持っていたりします。
さあ、バイアスを解き放ち、組織の機動性と柔軟性を上げましょう!
では、逆三角型のキャリアラダーバイアスを捨てたとしたら、組織やプロジェクトの役割分担はどのように変化するでしょうか。もっというと、どのように運用すれば上手くいくのでしょうか。
まずは以下の三点を区別することです。
探索 とは、抽象的な問題を解く(ために検討をする)ことです。プロジェクトほど見えていないのでプロジェクトワークはしません。全く新しいアプローチが必要であり、私はトランスジェクト(Transject)と呼んでいます。具体的な手法としては、先日クリエイティブ・シンキングについて解説しました。
パフォーマンス とは、ここでは能力と成果物を指します。たとえば OpenAI API の利用方法と諸性質を比較してドキュメントにまとめたり、実際に会社のガバナンスに則って試してみたり、その検討や試行の結果をナレッジ化して共有したりといったことができるエンジニアがいたとします。この人に調査、プロトタイピング、ドキュメンテーションや共有といった能力があるのは明らかです。また成果物もあります。パフォーマンスがあると言えます。
最後に 影響 とは、実際に数字の改善につなげることを指します。パフォーマンスとの違いに注目してください。影響を与えるには、相応の権威が必要不可欠です。マネージャー以上の立場の責務です。ですので、権威を持たない現場のエンジニアに影響の責務を与えるのは、実は職務放棄ですらあります(唯一の例外は「影響が出ると確定している作業を割り当てること」)。この点は Influence sucks でも強調しました。
上記の三要素を区別できたら、次に 探索の仕事を現場レベル含めて誰でも行えるようにします。
わかりづらいので Before/After で説明します。またキャリアラダーは単純化して、lv1 現場、lv2 マネージャーまたは個人貢献者、lv3 上級エンジニア、lv4 経営層としましょう。
以下は各要素をどのレベルが行うかを示したものです。Before が従来のバイアス、After が今回の提案です。
| Before | After | |
|---|---|---|
| 探索 | Lv3~ | Lv1~ |
| パフォーマンス | Lv1,Lv2 | Lv1,Lv2,Lv3 |
| 影響 | Lv1~ | Lv2~ |
具体的な変化は次のとおりです:
従来は Lv3 以上が行っていた探索を、Lv1 でも行えるようにするのです。しかし Lv1 はすでに述べたとおり、具体的な影響を与えられるだけの権威がありませんから、影響の責務は Lv2 以上が担います。
探索を Lv1 でも行えるようにしたところで、その結果がビジネスに繋がらなければ意味がありません。その部分はもちろん影響として行います。Lv1 には影響を与える権威がないので、Lv2 以上が引き受けなくてはなりません。
つまり、Lv1 が探索した結果を、Lv2 以上の者が受け取って影響を及ぼしに行く との連携が必要になるわけです。
このような提案をすると、よく「無責任ではないか」のような意見が来ますが、それこそがバイアスです。Lv1 に影響を与えるのは無理なんですって。でも Lv1 でも探索を行える者はいるのです。だったら、行える Lv1 に探索を任せて、その結果をどう勝利するかを考えればいい。役割分担ですね。
キャリアラダーの高さと抽象的な問題を扱う能力は比例しません。しかし、抽象的な問題を探索した結果を適用するには影響力が必要で、影響力には高さが要ります。
そういうわけで、以下のような連携が実は可能なのです。
もしあなたがラダーをそれなりに登っていて、しかし抽象的な問題に苦しんでいる場合、ぜひバイアスを捨ててみてください。抽象的な問題を扱えそうなメンバーが、たぶんいるはずです。上手く連携しましょう。