マネジメントをマネージャーが担うように、ナレッジングはナレジャーが担う。
これにより、エンジニアはエンジニアリングに専念できるようになる。
暗黙知、ナレッジ共有、ナレッジマネジメントなどナレッジに関する営みは古くから知られていますが、あまり整備されていません。生成 AI 時代の現代だからこそ、ナレッジを上手く扱えるようになりたいところです。
しかし、ナレッジを扱うのは とても 難しい。マネージャーやエンジニアが片手間でできることではないのです。専門的な役割が必要不可欠です。
ようやく整備できましたので共有いたします。ナレッジを扱う営みを ナレッジング と呼ばせてください。これは新しい領域であり、エンジニアリングやマネジメントといったレイヤーに位置するものです。以下をご覧ください。
| 営み | 役割 | 扱う対象 | 対象に対して行うこと |
|---|---|---|---|
| マネジメント | マネージャー | 人 | 接する、御する、促す |
| エンジニアリング | エンジニア | ソフトウェア | 設計する、開発する、運用する |
| ナレッジング | ナレジャー | ナレッジ | 言語化する、生産する、啓蒙する |
ナレッジングとは第三のパラダイムなのです。
ナレッジングの概要を整理します。
まずは「ナレッジ」について定義せねばなりません。
定義を言えば、次のとおりです:
定義だけではわかりづらいので、例を挙げましょう。
おそらく、あなたが思い浮かべた「ナレッジ」よりも広い意味合いだと思います。そのとおりです。
私達は普段抱くであろうナレッジの意味合いは極めて狭義的です。たとえば、私達はなぜかナレッジに優劣を付けたがりますが、ナレッジがいつ誰の役に立つかなんて誰にもわかりません。また、ナレッジを「すでに検証されて価値があると判明した事象」を言語化したものだ、とする人も多いですが、それは「ベストセラーとしてランキングに載った本だけ読む」ようなものであり、狭いです。
ナレッジングにおけるナレッジには、以下が当てはまります:
漂白について補足しましょう。漂白されているとは、外部に公開できるということです。もっと言えば機密情報が含まれていないことを意味します。エンジニアの皆さんはブログやドキュメントをオープンに公開すると思いますが、まさに漂白を経ています。社内の自分の外、という程度ではいけません。社外である必要があります。端的にはインターネット上に、誰でも読めるように公開できるかという話です。つまり ナレッジとはオープンなもの なのです。
まとめると、ナレッジとは 第三者に伝わるように表現され、かつオープンに公開することもできるような概念 を指します。
次にナレッジングの定義に入りましょう。
ナレッジングとは ナレッジを扱うこと を指します。具体的には V O S E の 4 つのステップから成ります。
言語化ステップ では、言語で表現します。この時点ではカジュアルで構いません。言語化時点ではナレッジは「未完成」であり、誰もが好き勝手に加工したり、ダシにしたりする余地があります。Wiki みたいなものですね。
その他、言語化ステップに関する重要な事項を挙げます:
次に 生産ステップ では「本格的な言語化」または「道具化」を行います。前者はドキュメントをつくり、後者はソフトウェアなどの道具をつくります。いずれにせよ、言語化ステップでラフに言語化したナレッジを下地にして生産します(天才ならいきなり生産ステップから始められるでしょうが)。
その後、共有ステップ にて、言語化したナレッジや生産したナレッジを公開します。そうです、生産したナレッジに限らず、生産ステップの前段階の「言語化しただけのナレッジ」を公開しても良いのです。むしろ推奨します。その方がナレッジングが捗るからです。このように、カジュアルにナレッジを出し合ってコミュニケーションすることを ナレッジ・ベースド・コミュニケーション と呼びます。
話を戻しましょう。公開 と書いたことに注意してください。いつでも誰でも使えるように置いておく、ということです。古典的な組織や閉鎖的な組織では、しばしば以下のようなことを言います。
聞かれたら答えるよ。だから情報共有はできているし、うちはオープンでフラットだと言える。
違います。そのような言い分はただの伝達にすぎません。共有とは公開であり、誰に対しても開かれていなければなりません。これはナレッジングにおける定義にすぎませんが、重要なことです。
最後に、啓蒙ステップ では、共有したナレッジを使って、それを教える機会を設けます。勉強会、ワークショップ、ティーチングやコーチング、1on1、オフィスアワー、非同期的な Q&A など何でも良いですが、機会をつくるだけに留めてください。言い換えると、機会を使うかどうかは(ナレッジの提出先となる)相手次第です。相手に強要していけません。この点は次でも詳しく掘り下げます。
ナレッジングを行う専門職を ナレジャー と呼びますが、ナレッジの適用はナレジャーのスコープ外です。
ナレジャーはあくまでも上述した VOSE に専念します。ナレッジは極めてクリエイティブな営みだからです。ナレッジの適用は、マネージャーやリーダーなど然るべき役割の人が行ってください。もちろん、適用の中でナレジャーを使うのは構いません。
別の言い方をすると、ナレッジを適用するには結局権威や信頼が必要なのです。ナレジャー単体はそのようなパワーを持ちません。ナレジャーが行うのは行使ではなく VOSE だからです。行使は、パワーを持った従来からの役割に任せます。
ナレジャーの下には、いくつかの役割がぶらさがっています。
ナレジニア 100% やカタリスト 100% のナレジャーもいれば、普段はカタリストだがナレッジ・ライターもできるというハイブリッドもありえますし、もちろん全部できるケースもあります。
では、それぞれ見ていきましょう。
ナレジニア(Knowledgineer)とは、生産ステップにおいて道具化を行うナレジャーです。たとえばソフトウェアをつくります。既存用語のナレッジエンジニアと区別するため、あえてナレジニアと略している ことに注意してください。
ナレジニアは、ナレジャーの血が多少混ざったソフトウェアエンジニアと言えるでしょう。もちろんインフラエンジニアでもシステムエンジニアでも SRE でも何でも構いません。要するに、生産ステップにおいて、言語化を捨てて、代わりに道具をつくるわけです。「ナレッジ」を道具で表現するということです。
ナレッジ・ライター(Knowledge Writer)とは、生産ステップにおいて本格的な言語化を行うナレジャーです。ドキュメントをつくります。
ナレジャーとしては最もわかりやすいと思います。ナレジニアは言語化から道具化に逃げているとも言えますが、ナレッジ・ライターは逃げません。ちゃんと言語化と向き合い、ドキュメントというレベルで成し遂げます。
もちろん、長ったらしくて厳密なマニュアルや法規のように長々と書けばいいというものでもありません。ナレジャーの本懐はナレッジをつくって共有して啓蒙することにあります。つくりやすく、共有しやすく、啓蒙しやすいものでなくてはなりません。ライティングというよりは概念のエンジニアリングであり、ナレッジ・ライターもまた極めて高度なクリエイティブと言えます。
カタリスト(Catalyst)とは、組織の内外を行き来してナレッジを行き来させるナレジャーです。
ここで組織とは、自分が普段属している組織単位を想定してください。チーム、部門、事業部、会社など階層的にカスケードしていると思います。会社の外には出ません。つまり会社の中で行き来します。わかりづらければチームの内と外、と考えてもらって構いません。
カタリストは直接ナレッジをつくる(言語化や生産をする)わけではありませんが、代わりにナレッジを運びます。触媒の概念は名著「デッドライン」や「ピープルウェア」でも出てくるように、人と人を繋ぐニュアンスがあります。同様に、ナレッジングにおけるカタリストも、人から人にナレッジを運びます。外から内に持ち込みもしますし、内でつくったナレッジを外の誰かに届けもします。
カタリストは中々に難しい仕事です。ナレッジは基本的に「言語で表現された概念」であり、そのままでは伝わりにくいものです。これを何とかして使ってもらうなり議論してもらうなりしてほしいのです。働きかけるわけです。もちろん、自身が扱うナレッジそのものも理解していなければなりません。カタリストはナレッジをつくりはしませんが、理解と伝達はするのです。難しい仕事です。
ナレッジ・アーキテクト(Knowledge Architect)とは、組織としてナレッジングを行っていくための「仕組み」をつくるという前提で、その仕組みの全体像を考えて提示する役割を指します。また現行を理解して説明責任を果たす役割を負うことも多いです。
別の言い方をすると ナレッジング・プロジェクト(Knowledging Project) における設計統括者と言えるでしょう。ナレッジング・プロジェクトとは、組織として何らかのナレッジングをちゃんとやっていこうよ、を考えて形にする活動を指します。ソフトウェアやマネジメントと同様、ナレッジングにも戦略や仕組みといったものがあります。組織として行うとなれば、どうしても全体を見る立場が必要です。もちろんナレッジングに関する深い見識も必要です。その名のとおり、アーキテクトなわけです。
一つ注意したいのは、ナレッジング・プロジェクトは顧客向けのプロジェクトではないということです。自チーム、自部門、自事業部、自社など自組織に関する改善または投資の活動を指しています。つまり ナレッジ・アーキテクトには社外への説明責任を果たす能力は要りません。むしろ、そんなことに費やす分を、社内のナレッジングを考えたり関係者と協調したりするのに費やすべきです。
ここまでナレッジング、ナレッジ、ナレジャーと概要を説明してきました。では、そこまでしてナレッジをつくって伝えることには一体どのような価値があるのでしょうか。何の役に立つのでしょうか?
Ans: 仕方の改善に役立ちます。
大前提として、人間は合理的ではありません。しかし仕事は合理的に進めた方が良いです。
合理的というと資本主義的な搾取や労働への献身を思い浮かべるかもしれませんが、違います。合理的とは人間の性質を踏まえた上でベストなパフォーマンスを出すということです。別の言い方をすれば、持続的にベストなコンディションとパフォーマンスを出す ことです。
たとえば働き方を考えましょう。
A と B はどちらが合理的でしょうか。無論、状況次第でもありますが、標準的には B が合理的です。B の方がより人間に優しいからです。A のように高負荷を課して成果を出せるのは当たり前です。極端な例は奴隷です。
では、合理的になるにはどうしたらいいでしょうか。B でも成立させるためには、一体どうすればいいのでしょうか。
概念です。合理とは仕方であり、仕方は概念から構成されます。概念を理解し、使いこなすことで合理的になれるのです。この本質を理解し、実践しない限りは、A のように極めて原始的な営みしかできません。これでは一部のスーパーマンしか機能しませんし、構造的に権力とボトルネックも生じやすくて政治も生まれます。早い話、好き嫌いの話になります。好き嫌いの戦いを勝つための、くだらない政治に多くを費やすことになります。皆さんにとってもよくあることでしょうし、たぶん現在進行で苦しんでいることでしょう。
ナレッジングは、その概念に目を向けるところをまさにやります。ナレッジとは概念のことです。人間は言語により理性的になれるように、人間は概念により合理的になれます。
別の言い方をすると、合理を構成する仕方があり、仕方を構成する概念があるという構造において、概念の視座に立ち、概念を操作することによって合理を操作できるようにします。概念をいじくることで、合理性をカスタマイズできるのです。
現代は VUCA と呼ばれます。先が読めず、変化も激しい時代です。また DEIB ともいわれます。多様なあり方を許容しつつ、結束を固めねばならないという難しい時代でもあります。原始的な営みでクリアすることなどできません。合理的に立ち向かわねばならず、ナレッジングはその手段として重宝します。これはマネジメントでもエンジニアリングでもカバーできない第三の領域です。
本記事では第三のあり方「ナレッジング」について整理しました。
ナレッジングとは、第三者に伝わる概念をつくって伝える営みです。この専門職をナレジャーと呼び、ナレジニア、ナレッジ・ライター、カタリスト、ナレッジ・アーキテクトなどに細分化されます。エンジニアがソフトウェアをつくってコミュニケーションするように、ナレジャーはナレッジをつくってコミュニケーションします。
私のアカウントでは、ナレジャーとしての取り組みや成果物を紹介していきます。ナレッジングが有益であり、そして楽しくてエキサイティングでもあるということをお伝えしたいと思います!ぜひお楽しみください。それではまた。