IDMN原則
🔗知的生産の原則の一つで、形にするためにまずは名前をつけて捉えねばならないというもの。
>実装するためには議論できねばならず、議論するためには言及が必要で、言及には名前が必要である。
- Implementation 実装
- Discussion 議論
- Mentioning 言及
- Naming 名前付け
例外
- ソフトウェアや工具など道具
- 言語化せずに実物をつくって使って、また作り直して……との形で実装していける
- 芸術
- 非言語情報を扱う世界であるため、そもそも名前が必要ない
- 言語的な芸術も同様
むしろ「名前が必要な営み」の方が珍しいかもしれない。だからこそ知的生産はマイナーなのだと思う
ポエム
- 知的生産の例が思いつかないなら、組織や制度の設計・実装を浮かべてもらえるとよい。そう、これらは知的生産でこそ行えるものである。にもかかわらず知的生産はマイナーで、これらの文脈でもあまり使われていない。逆に考えてみてほしいが、道具でも芸術でもないものを、名前もつけずに一体どうやってつくっていくのか。だから現代でも組織はどこもかしこも下手くそであり、ほぼ唯一のプラクティスも未だに「慌ただしく泥臭く働け」「その中で動的に調整していけ」「稀に再現性を得られるだろう」なのである。そうして生き残ったあり方に、事後的に名前をつけているだけだ。無論、名前をつければ知的生産ができるので、以後は改良しやすい。ただ、知的生産のパワーをゼロイチで使えていないことが残念であると私は嘆いている
- 無論、今後も知的生産が最適とは限らない。生成AIや量子コンピューティングがそうであるように、中身が曖昧な状態で、トライアンドエラーを回しまくることで打倒解を引くパラダイムが起こるかもしれない