# デレイジー(Delazy)
# 脱怠惰のこと。

# 概要
- 以下の前提を取る:
    - 人間は本質的に怠惰な生き物である
    - 理性によって怠惰に抗えるが、理性には意思が必要である
    - 意思の質には個人差があり、通常は何らかの仕組みや刺激を必要とする
- 怠惰とは:
    - 人間にとって自然なあり方のこと。原始的なあり方のこと。
    - 例:
        - 対面で口頭でコミュニケーションしたがる
        - （男性の場合）女性を性的対象として見る
        - 勉強、練習、振り返りなどをサボる
- 脱怠惰とは:
    - 怠惰に抗うための活動を積極的に行うことを指す
    - 怠惰に抗うことで以下が得られる:
        - 怠惰でいる間は得られないような圧倒的な便宜と秩序
        - パフォーマンスのスケール（「組織」は良い例である）
- 脱怠惰を重視するさまを[デレイジズム(Delazyism)]、そのようなものを[デレイジスト(Delazyist)]と呼ぶ

# デレイジーと[🙏仕事術](🙏仕事術.md)
- 仕事術――つまり仕事のやり方、考え方、あり方といったものは、まさにデレイジーと言える
    - 人間にとって自然ではないが、守ればさらなる便宜や秩序が得られるものをつくり、守らせる
- 例1: 非同期コミュニケーション
    - 対面で口頭メインで非言語で非同期的にコミュニケーションする「自然なやり方」とは全く異なるものであり、読み書きの能力、ツールを扱うスキル、[自己拘束力(Bindability)](自己拘束力(Bindability).md)などが求められる。自然に身に付くものではなく、鍛えなければならない。難しいし、つらいことだが、その代わりに、時間や場所や非言語に縛られない、柔軟で多様なコミュニケーションを実現できる
- 例2: セクハラ
    - 怠惰を許すと[公然の職権乱用](公然の職権乱用.md)が起こる。最もわかりやすいのは、現代ではセクハラとして整備された（主に）女性に対する性的嫌がらせであり、これは男性が怠惰であることを許しているからこそ起こる。男性には性欲があるので、何もしなければ女性社員に向くのは当然である。これを防ぐには、その自然な営みを意図的に食い止めねばならない。たとえば厳罰化したり、何がセクハラとなるかの定義を定めたり、研修やワークショップその他啓蒙を行ったりする
    - 最も重要なのは言語化です。脱怠惰は言語的とも言えます。言語で表現したことを理解し、行動に移す（あるいは移し続ける）ことでのみ怠惰から脱せます<a href="sta.md"><img src="https://gyazo.com/a0a22d2fc5cf4fb2525db091fb66594b.png" alt="sta" width="16"/></a>

# デレイジーと[スラック(Slack)](スラック(Slack).md)
- デレイジーはいわば人間の自然な摂理から抗った「無茶な行為」でもあるため、永続的に続くものではない
    - 一日中デレイジーであり続けることは不可能だろう
    - 仮に可能だとしても、数日以上続けることは不可能だろう
    - どこかで発散しなくてはなりません。これはつまり、発散するための余裕を取らねばならないということです<a href="sta.md"><img src="https://gyazo.com/a0a22d2fc5cf4fb2525db091fb66594b.png" alt="sta" width="16"/></a>
- 例1: 非同期コミュニケーション
    - 非同期コミュニケーションを成立させるための学習や練習の時間がまず必要です。加えて、非同期コミュニケーションはそれなりに集中しないとこなせない営みですから、集中できるだけの時間的・精神的余裕も必要です。つまりスラックが必要なのです。たとえば1日1時間、誰にも邪魔されずに[QWINCS](QWINCS.md)と向き合える時間を取れるでしょうか？これすら取れないのは「舐めすぎ」であり、非同期コミュニケーションができないのも当然と言えます。不自然であっても、1日1時間を確保しなければならないのです。まさにデレイジーですね<a href="sta.md"><img src="https://gyazo.com/a0a22d2fc5cf4fb2525db091fb66594b.png" alt="sta" width="16"/></a>
- 例2: 性欲
    - セクハラにより職場による性的消費を完全に防止できたとしても、男性の性欲自体はなくなりません。各自がプライベートで発散せねばなりません。主な解消方法として「パートナーや友達と」「出会い系サイトなどで即席の相手と」「オナニー」「風俗」などがあるでしょう。もっと言えば、そういった解消方法を行うだけの余裕が必要ということです。ここができないと浮気や痴漢・盗撮といった犯罪に手を出したり、セクハラではない別の形の発散（女性社員を差別して評価しない等）したりすることになります<a href="sta.md"><img src="https://gyazo.com/a0a22d2fc5cf4fb2525db091fb66594b.png" alt="sta" width="16"/></a>

# 開発秘話
- デレイジーの例として非同期コミュニケーションとセクハラを挙げました。このサイトの読者であれば、どちらでもできている人が多いでしょうが、決して人ごとではありません
    - たとえば[公然の職権乱用](公然の職権乱用.md)で示しているように、無闇に対面口頭の打ち合わせを求めること自体が怠惰です。そのせいで多くの拘束と政治が生まれています。「人間だから重要でしょう」は理由にならないのです。それは「男性には性欲があるのだから発散は重要でしょう」と同義なのです。怠惰でしかない。怠惰には理性で抗い、抗うための概念をつくって、それに従うことが必要なのです。私から言わせれば、現代でもまだまだ足りないと感じます。[📖Remotism](📖Remotism.md)も書きましたが、オフィスワークにおいて、いまだにフルリモートフルフレックスが普及していないことには忌避感すらおぼえます。私が知的生産を続ける理由でもあります
    - 無論、だからといって、概念でがんじがらめにするわけにもいきません。理性にも限度があるからです。しかし、怠惰で居続けていい理由にはならないと私は思います（ここは主義思想や哲学の範疇であり絶対的な正解ではない。いわゆる進歩主義みたいな立ち位置になる）。少しずつでも、怠惰は減らしていくべきです。そのための概念を開発し、取り入れていくべきです
- このような思いを前々から抱いていましたが、先日、[📖コミュニケーションの問題地図 ～「で、どこから変える？」意識バラバラ、情報共有できない職場～]を読んでいるときに、一言で表現できることに気づきました。「怠惰」です
    - それからは早かった。怠惰から脱すればいい→脱怠惰、と一瞬で辿り着きました。これだけだとわかりづらいですし、グローバル目線でキャッチーさも欲しかったので英語もつくります。初手でDe-Lazyを引いてましたが、何度も生成AIと壁打ちして、これで良さそうとの感触を得ました。脱怠惰化とするならDe-Lazificationが良さそうですが、もう一段上の、脱怠惰という概念自体にフォーカスしたかったのでDe-Lazyとしました。
