SSE の価値は 人間というボトルネックを解消できる ことです。
現代は難しい時代であり、私たちへの要求水準は高まる一方です:
とはいえ、技術も方法も発展しているため、何の問題も無いでしょう――というのは嘘だとわかります。有り体に言えば、格差が広がっています:
格差には常に「少数の勝者」と「多数の敗者」がいて、古今東西、敗者は努力しても報わないか、大して報われません。現代人は無知ではないので、このような本質には気付いており、静かに反発します。いわゆる静かな退職です。
なぜ格差は起こるのでしょうか?これほど技術と方法が発展しているというのになぜ?
答えは単純で 人間がボトルネックだから からです。
私たちは一日 7 時間以上の睡眠を取ったり、一日 2 時間以上日光を浴びたり、テキストコミュニケーションだけで会議を代替したり、すべての会議の議事録または録画を公開したりすることさえろくにできません。理由または事情は様々で、特性上向いてなかったり、単にスキルが無かったり、従来の体験と勝手が違いすぎて抵抗が強かったり、と色々あります。ともかく、現代の技術と方法があれば当たり前にできるであろう、この程度のことすらできないのです。
第一章にて、ソフトスキルとは「人を扱うためのスキル」と定義しました。
これは従来の定義よりもかなり攻めたものです。従来だと「≒コミュニケーションスキル」や「≒対人スキル」などと置いていましたが、これらは乱暴に言えば 勝者に近づくためのスキル にすぎません。
たとえば日本では飲みニケーションなる文化があり、業務外の、表向きは非公式の飲み会が催され、多くの信頼関係と意思決定がここで行われます。そうでなくとも会食の文化は、日本に限らず、世界中で見られます。そういうわけで会食まわりのスキルが重要となるわけですが、これは単に現在の勝者がそういう文化(第二章の言葉で言えば Tenet)に則っているからそうするべき、というだけの話です。にもかかわらず、ハードスキルのごとく絶対視されています。
悲しいことです。会食以外にも信頼構築や意思決定を行う手段はあります。テキストコミュニケーションで済ませることも可能です。こういったやり方や考え方を知らない、または受け付けないのは、単にスキルがないからに他なりません。まさにボトルネックです。
このようなつまらないボトルネックを解消するには、一体どうしたらいいのでしょう?
無論、やり方や考え方を変えればいいだけです。これはつまり 人のカスタマイズ に他なりません。かんたんに聞こえるかもしれませんが、これは非常に難しいことです。おそらく人類はまだ開拓できていませんし、私が先駆者になるでしょう。私はこのような視座を 10 年以上探究してきて、最終的にソフトスキルに目をつけました。この革新的かつ先進的なあり方を、ソフトスキルという言葉を借りて整備したのがソフトスキル・エンジニアリングです。
ソフトスキルには人間というボトルネックを解消できるだけの視座とポテンシャルがあるのです。