本章では SSE の力を示すために、いくつかのケーススタディを示します。
ケーススタディは以下から構成されます:
特に 2: については、私が開発した概念を使います。SSE により開発したものです。SSE がどれほど強力な概念をつくれるかをご理解いただけるでしょう。もちろん理想論や机上論に留めるつもりはなく、3: にて実践にも接続します。
Rapid Q&A を使います。
Rapid Q&A とは、一つのチャットチャンネルに全従業員を招待し、誰でも質問と回答を自由に行えるようにしたものです。
注意点が二つあり、一つ目は 再利用性を一切考えない ことです。過去の回答を探す必要はなく、単に質問します。Google や ChatGPT を相手にする感覚で構いません。もう一つは 純粋に社内ドメインに関する質問のみに絞る ことです。Google や ChatGPT でわかることは聞いてはいけません。また雑談や議論、宣伝やトップダウンの告知もいけません。純粋に社内ドメインの Q&A に限定します。これを守れない者は一定期間追放しなければならないくらいの原則と考えてください。
主なコミュニケーション方式には QWINCS があり、Chat 以外にも 5 つありますが、Q は Q&A を指します。Q&A は唯一 to B 向けのツールが開拓されていませんが、to C 向けには Stack Overflow や Quora などがあり、よく知られています。その本質は 「知っている人は知っているレベルの質問」を「数の力」で迅速かつ端的に解決できること です。
仮に従業員一万人の会社で実施した場合、Slack でも Teams でも Discord でも何でも良いのですが、とにかくチャンネルを一つつくって、そこに一万人が集まります。そして全員が好きに質問をしたり、回答をしたりします。一万人の力に頼れるのです。盛り上がってくると流速は凄まじくなりますが、これがランダム報酬を引き起こします。間違いなく最も閲覧数の多いチャンネルになるでしょう。まるで SNS のように、高頻度にアクセスしてはスクロールするようになります。そうして回答可能な質問があったら、すぐに書き込むのです。
Rapid Q&A は「全社員参加型の Q&A」を実現するための、最もかんたんなアプローチです。理論的にはチャンネルを一つつくって、全社員を招待すればいいだけだからです。
無論、運用面の課題はいくつもあります。主なものを挙げます:
これらをすべて解決せねばなりません。正解の有無というよりも意思決定の問題です。全社的な取り組みなので、経営層または CTO や CDO といったレベルで投資する必要があります。よくある反論は「まずは小さなチームでボトムアップに試す」ですが、すでに述べたとおり Rapid Q&A は数の力に頼るものなので最初から大規模に始めねばなりません。
用語:
背景:
合理的配慮ではニューロダイバージェントに対処できない ことです。
合理的配慮(Reasonable Accommodation)の実態は ニューロティピカル目線での ベストエフォートとなっています。しかしニューロティピカルは高度な規律と協調性に慣れており、当たり前にこなせるか、少なくともこなすべきだと考えているため、この前提を崩そうとしません。つまりニューロダイバージェントが必要なレベルの配慮にまで歩み寄ることはなく、単に自分たちの水準を押し付けようとします。それを器用な演技で誤魔化そうとします。
たとえばリモートワークとテキストコミュニケーションが得意な ASD がいた場合、その者にだけフルリモートおよびフルテキストコミュニケーションを認めれば良いですが、このような特別扱いを導入できるマネージャーは皆無に等しいでしょう。合理的配慮の発想を持っていないとできないですし、言葉を知っているだけでもできません。
個別的配慮(Individualized Accomodation) を使います。
個別的配慮とは、合理的配慮の代替として私がつくった概念であり、その名のとおりニューロダイバージェントひとりひとりに対して個別の配慮を行います。チームやグループが守るべき規範を守らせるのではなく、むしろできるだけ規範に従わなくても済むような、特殊な扱いを検討します。一言で言えば特別扱いをします。
ニューロティピカルは特別扱いを忌避しがちですが、避けては通れません。そもそも規範を持続的に守れるだけの能力が特性上無いのですから、守らせること自体が論外なのです。特別扱いをする、と認めることでスタートラインに立てます。バランスを考えるのはそれからです。
この前提を理解してもらうには、合理的配慮の言葉では足りません。ひとりひとり特別扱いすることを理解してもらうための、新しい言葉が必要なのです。
5点ほど課題とその打開策を論じます。
1: 最も重視するべきはニューロ・ダイバーシティの啓蒙です。ニューロに関するリテラシーが圧倒的に不足しているのが現状ですので、まずは知ってもらわねばなりません。LGBTQ など性的マイノリティはだいぶ啓蒙が進んでいますが、同程度の規模と勢いが必要と考えます。無論、ビジネスとしてこれを行うメリットまたは機会を導出せねばなりません。難しいことです。
2: 次に、個別的配慮の対象者を定めねばなりません。ここを明確に定めておかないと、怠惰な従業員に悪用されてしまいます。私が提案する端的な目安は「ニューロに関する診断書があること」です。ニューロダイバージェントは先天的であり、一度診断されたら以降覆ることはないとされています(ADHD は薬で抑制できるため抑制した上で再検査すれば変わるかもしれませんが)。また、検査は専門家によって入念に行われるため、怠惰なニューロティピカルが狙って出すのも困難です。ですので、診断書がある者は無条件に個別的配慮の対象として良いのです。
3: それからニューロダイバージェントが持つジレンマもあります。個別的配慮を得るためにカミングアウトするか、それともネガティブな影響を警戒して従来どおり我慢し続けるかで常に悩んでいるのです。個別的配慮を推進するには、カミングアウトをしてもらわねばなりません。どうやって?
4: 個別的配慮として具体的に何を行うかという対応能力の話です。この点は SSE で解決できます。必要な概念をつくって、Training と Test を行えば良いだけです。
5: 最後に、個別的配慮は「ただの余計な手間」でしかないため、これを上回るメリットを開拓する必要があります。具体的にはニューロダイバージェントと仕事のマッチングです。ニューロティピカルよりも高いパフォーマンスを出せるような役割や仕事の仕方を見出したいところです。これは人並以上の才能を探すことに限りません。むしろニューロティピカルと同等、正社員として淡々と働き、かつ相当の報酬を確保できるようにしたいということです。この点についても 4: と同様、SSE による現状の言語化と概念の創出が求められます。
低利益と人材不足のスパイラルから抜け出せないこと。
構造的には職場の多様性が無いことが原因となっているパターンが多いです。多様性が無いとは単一的であると言い換えることができ、たとえば明示的または暗黙的に単一の規範しか認められません。働き方で言うと「全社員毎日出社」などです。そうなると、その単一性にフィットする者以外にとっては「合わない」職場となります。
合わない、かつ合わせられない者は戦力外となるため人材が常に不足します。また、合う側も合わせるのに相応のエネルギーを費やさねばならないため余力がなくなり、最低限の働きで生きようとするため静かな退職に至ります。無論、単一的な職場なので単一性を改善することはできません(権力者が単一的)。加えて、単一性への適応により慢性的に疲弊かつ警戒しているため、創造的に頭を使うことができず、根本的な改善や解消といった視点を持てません。現状が続きます。
つまり課題は負のスパイラルですが、その原因は単一性にあります。
体内時計の多様性(Chrono Diversity) を使います。
体内時計の多様性とは「朝型と夜型」と「覚醒の早さ」の二軸を特性とみなし、多様性として扱う考え方を指します。朝型の人は夜にはパフォーマンスが出ず、夜型の人は朝にはパフォーマンスが出ません。また起床直後からパフォーマンスが出る人もいれば、数時間以上以上経つにつれて尻上がりに出る人もいます。
この考え方が強調したいのはアンマッチの回避です。自分の体内時計に合った時間帯に働けると高いパフォーマンスが出るというよりも、合わない時間帯に働いてもパフォーマンスが出ないため避けたい のです。
この考え方では、アンマッチを回避した働き方を各個人が行うことを目指します。すると必然的にコアタイムが少なくなるか、なくなりますので、非同期コミュニケーションを増やさねばならなくなります。もっと言えば、非同期でも仕事を成立させられるだけのソフトスキルが必要となります。SSE も役に立ちます。
私達を疲弊させ、警戒させている主因は体内時計的なアンマッチです。
日本における標準的な労働時間は 9:00 ~ 17:00 だと思いますが、これは朝型にも夜型にもどちらにもアンマッチです。朝型にとっては 15:00 以降に仕事すること自体が苦しいことですし、夜型にとっても 9:00 に始めるのは苦しいものです。しかしこの勤務時間は守らなければならないため、歯を食いしばってセーブすることになります。当然ながら、こんな状況下ではパフォーマンスも出づらいですし、エンゲージメントも高まりにくい。
主な課題をいくつか取り上げます。
1: 体内時計の判定方法。あなたの体質は朝型でしょうか、それとも夜型でしょうか。また覚醒はどの程度早いでしょうか。朝型・夜型については「クロノタイプ診断」などいくつかの診断手法はありますが、覚醒についてはありません。体質の話なので、おおよそ自分で把握はできますが、組織として運用するなら診断方法を整備した方が良いでしょう。ちなみに私は覚醒タイプの測り方として「起床直後に昼食や夕食のレベルで食事を摂れるか」「起床後 10 分以内に強度の激しい運動を始めるための外出ができるか」を提示しています。できる場合、覚醒は早いと考えられます。
2: 夜型に尊重する際の法的なハードル。たとえば日本では 22:00~5:00 が深夜労働となり、割増賃金や健康配慮等の追加義務が課されるため、フルフレックスを敷く始業でも勤務可能時間を 5:00~22:00 に制限することが多いです。しかし夜型にとっては、まさにその 22:00~5:00 がゴールデンタイムとなることが多いのです。
3: 非同期ワークの運用。現代のデスクワーカーが未だに出社回帰していることからもわかるように、人類はまだまだ非同期ワークが苦手です。また資本主義的観点や組織力学としては、物理的に集めた方が管理・搾取しやすいため、ただでさえ非同期のインセンティブは働きづらいです。しかし体内時計の多様性を尊重するからには、非同期でも回るくらいに整備せねばなりません。これには多くのソフトスキルと概念を必要とします。だからこそ私は SSE を立ち上げています。そのチームその組織にあった非同期ワークを、SSE を用いて実装しなければならないのです。
1on1 の弊害と限界が目立ってきていること。
弊害としては、まず 情報格差が発生します。1on1 は上位者が下位者に対して実施するものであり、1 人の上位者が N 人の下位者と実施するという階層構造となっています。1on1 のセッション一つ一つはクローズドかつプライベートですし、記録を取るとかえって率直に話しづらくなるため記録は残りません。つまり上位者側が情報を独占することになります。
もう一つ、情報伝達面でボトルネックになりがちです。たとえば月に一度 1on1 を行う場合、その上位者が下位者に伝達する頻度は月一です。月一の定期的なミーティングというイベントが設定されているがゆえに、意識がそこに引っ張られてしまいます。これはパーキンソンの法則やコンウェイの法則と同様、経験則として知られており、提唱者である私の名前を取って キラノの法則 と呼びます。賢い人は「情報は非同期ですぐに送ればいいではないか」と思われるかもしれませんが、上位者は忙しい上にソフトスキルも未熟なので、非同期的な情報共有の力を持ちません。
加えて、部下側の不満によりエンゲージメントが上がらないどころか、下がることもあります。この観点の研究結果は見たことがありませんが、調査すればすぐにでも明らかになるでしょう。私に言わせれば自明と言いたいレベルです。具体的には上位者のファシリテーションが下手だと、その 1on1 は下位者にとって不要もしくは有害になります。本来であれば、不要ならばスキップし、有害であれば改善するべきですが、上位者は全社的な施策または慣習として定着した 1on1 の実施を疑うことができません。無論、非同期的に行うスキルも持たないため、1on1 以外にやりようがないと結論付けることしかできないのです。
Free 1on1 を使います。
Free 1on1 とは、社員なら誰でも誰にでもいつでも 1on1 を申し込めるあり方を指します。大半の組織には全社的にグループスケジューラーが導入されているはずですから、単に誰でも誰にでも 1on1 の予定を追加すればいいだけです。問題があれば、追加された側が拒否します。時間は 30 分を基本単位とします。話題は自由ですが、1on1 を申し込む側がお膳立てするべきです。
Free 1on1 は全社的に正式な権利として定義します。つまり社員であれば、誰から 1on1 が来ても驚くことはないはずです。そうなるようにしっかりと啓蒙しなければなりません。そこまでして初めてスタートラインに立ちます。
これにより社員たちは自律的に、必要に応じて、必要な人と 1on1 を行うようになります。上位者とだけ行う義務的な 1on1 ではなく、より柔軟な 1on1 が手に入るのです。別の言い方をすると 1on1 の民主化とも言えるでしょう。
現状 1on1 は施策または制度として定義されてしまっています。私達は、特に上位者の立場になると組織に極めて従順ですから、1on1 という名の施策や制度にも従順的に従ってしまいます。悲劇の始まりです。
ですから、この根本を変えてしまいます。1on1 を権利にします。社員であればいつでも、誰でも、誰にでも 1on1 を申し込めるようにするのです。これだけで従来の 1on1 から来る弊害と限界を打破できます。
もちろん Free 1on1 を採用したからといって即座に課題が解消されるわけではありませんし、形骸化する可能性も高いです。Free 1on1 という権利は認めた上で、追加の啓蒙と運用を推進していかねばなりません。
たとえば上司と部下で行っていた従来の月一または週一の 1on1 は、Free 1on1 の文脈で再定義すると次のようになるでしょう。
この運用であれば、部下側が主体的に 1on1 をコントロールできます。マネージャーとしては部下の話題リストを踏襲しつつ、自分が話したいことを織り交ぜる形になるでしょう。しかし、一介のマネージャーが、Free 1on1 を知っただけでここまで再構成するのは難しいでしょうから、このような運用も啓蒙しなければならないでしょう。
私は OOPO(One on One Program Office)のような全社的かつ支援的な事務局の設置、または 1on1 エバンジェリストのような社内啓蒙の専任者を据えることをおすすめしています。「支援的」と書いたことに注意してください。施策や制度として下ろしてしまっては意味がありません。