クリエイティブ・シンキングは近年強調されるソフトスキルの一つですが、巷で言われているものはいったん無視してください。私は巷のそれらには一切同意できません。
なぜなら、それらは創造の本質をちっとも捉えていないからです。ブレストやデザイン思考、あるいは仮説検証といった言葉が登場しますが、前進や推進が前提となっています。違います。創造はその前段階の「あそび」であり、したがって各自が各自のペースで、しかし深く集中できる余地をつくらねばなりません。
というわけで、本章では大胆に捉え直します。
クリエイティブ・シンキングはソフトスキルの一種であり、コミュニケーションやマネジメントといった大カテゴリに並ぶものです。これ自体はソフトスキル開発手法ではありませんが、開発手法としても使うことができます。
クリエイティブ・シンキングは個人で取り組み、本質を導くことを目的とします。本質とは「見えてきた何か」であり、状況の要約や整理だったり、具体的な意思決定だったりします。本質を受けて具体的な行動をしていくわけですが、クリエイティブ・シンキングではそこまでは扱いません。あくまでも 行動の前段階、本質を導くところまでを対象にします。
クリエイティブ・シンキングは次のモードを使い分けます。
発散モード は情報を集めるモードです。情報収集をしたり、ブレストを始めとした思いつきを散らかしたり、インプットとなる体験や対象に深く入り込んで「頭をそれらで満たしたり」します。その名のとおり、散らかす段階ですが、必ず目に見える形で残してください。頭の中にあるだけではいけません。
収束モード は情報を整理するモードです。発散した情報を構造化します。まずは関連してそうなものを近づけたり、雑にグルーピングしたりするだけでも良いです。発散は必ず目に見える形で残せと書きましたが、そうしないと収束ができないのです。つまり収束も目に見える形で行います。何をどう整理したかという状況は、必ず目に見える形で表現されているはずです。もう一度言いますが、頭の中にあるだけではいけません。
また、収束は言語で行うべきです。何をどのように捉えたかを示すためには、言語で表現しなければなりません。これはソフトスキル開発であって、芸術やエンターテイメントではないからです。仮説でもいいので、とにかく言語によるコメントやラベルをつけてください。
こうして 発散と収束は何度も何度も行き来します。これにより納得感の高い構造が次第に出来上がってきます。
すると、どこかで「見えてくる」ことがあります。「そういうことか」「これだ」など本質的なものが見えてくるのです。これを積極的に狙うのが 蒸留モード です。収束モードと似ていますが、収束よりも俯瞰の意識が強いと思います。
また蒸留モードでは必ず 本質ドキュメント をつくります。これは本質を表現した文章であり、状況の要約、全体構造、今回下した意思決定、直近の戦略やタスクなどを含みます。一言で言えば 概略とネクストアクション です。自分が 次に行動するためのサマリーと考えてください。対象読者は自分です。自分がわかれば良くて、他者向けの資料作成やプレゼンテーションは不要です。
クリエイティブ・シンキングに使える手段は限られています。一例を挙げます:
まずテキストをたっぷり扱えねばなりませんし、収束に耐えうるだけの構造化も必要です。構造化というと階層を浮かべるかもしれませんが、階層は貧弱な構造であり、力不足になることが多いです。おそらくビジュアルに寄せた二次元空間か、ノートやウィキといったリンクベースド(リンクによりネットワーク構造をつくれます、これはn次元です)に頼るのが無難です。
一方で、シンプルなテキストファイルやアウトライナー上に書き殴って、そこから必要に応じて要点をつくりなおすスタイルもあります。私はこのスタイルが好みです。単一の Markdown ファイルで 10 万文字以上を発散しており、これらを読みながら、別途収束をつくっていきます。別の言い方をすると、発散する場所を SSoT(信頼できる唯一の情報源)にします。収束は SSoT からつくる形にするのです。
手段とやり方に正解はないため、自分が好きなもの、自分に合うものを選んでください。経験的にはモチベーションの方が大事であり、モチベーションは好みと慣れから来ます。あなたが好きな手段で、慣れている手段であれば、おそらく間違いはありません。下手に他の手段を試すより、あなたの愛用の手段で上手くやるには、を模索した方が上手くいくでしょう。
クリエイティブ・シンキングは孤独に進めるべきです。これを ソロワーク原則 と呼びます。
たとえば、ソロワークの最中は以下をしません:
なぜ孤独にこだわるかというと、単に 孤独が深く集中するための唯一の手段だからです。趣味または仕事としてクリエイターに従事する方ならおわかりいただけるかと思います。創造とは正解も無く、道標もない中で、自ら答えを出す営みです。時間をかけたからできるとは限らないし、終わりもない。ただただ深く集中して、それを何度も続けて「出し切る」しかありません。自分が持つあらゆる考えや思いや信念から性癖まで、何でも使います。深い集中もしますし、これは 守られねばならない わけです。孤独になるしかないのです。
残念ながら開発者その他エンジニアも含めて、孤独の営みを知る人は多くはありません。私もそうですが、孤独につくってきたクリエイターであれば言うまでもない当たり前の営みなのですが、当たり前として通用しないのです。ですので SSE では、特にクリエイティブ・シンキングではソロワーク原則として明示的に定義しています。
孤独は美徳でもあります。プログラマーの三大美徳という言葉がありますが、 ソフトスキル開発者の美徳は孤独志向(Solitariness) です。まず孤独は創造の母であり、孤独を好むということは、それだけ創造もしやすいことを意味します。次にソフトスキルは第一章で述べてきたとおり、人を扱うスキルである関係上、正解も終わりもない「曖昧な」ものです。このような世界で求められるのはパフォーマンスやクオリティではなく、ゼロからイチを定義する創造力です。もちろん創造した 1 を 10 にも 100 にも進める必要もあるのですが、そんなことはできる奴がやればいい。一番難しい 0 to 1 を担えるのは創造だけであり、したがってそれを発揮しやすい孤独が重要なのです。
残念ながら、孤独は才能でもあります。できない人はとことんできません。たとえば私は一週間、誰とも一言も喋らず仕事するくらいは造作もないですが、できない人も多いようです。しかし孤独は、常時はともかく、クリエイティブ・シンキング中は必要なものです。逃げることはできません。
そういうわけで、ソロワーク原則を守れない人は、守れる力をまずは身に付けないといけません。あるいは自分で行うのは諦めて、できる人に任せます。私も万人にできるとは思っていませんし、むしろ SSE を担うソフトスキル・エンジニアは専門職だと考えます。
シールド・アンド・パージ とは、ソロワークを守ること(シールド)と、ソロワークを阻むものを排除すること(パージ)を指します。
容易に想像できるとおり、ソロワークを維持しながら「収束→発散→蒸留」に集中し続けるのは困難です。厳格なセキュリティやガバナンスと聞いて思い浮かべるニュアンスくらいには、徹底的に守らねばなりません。
CPPF という言葉があります。子供、パートナー、ペット、友達の略で、クリエイターならこれらを徹底排除せよとするものです。これが正しいかは人次第かつ状況次第ですが、クリエイターはこれくらいしてもおかしくはないのです。クリエイティブ・シンキングでも、この本質から逃げてはいけません。むしろ持続させるためにシールドとパージの両方を掲げます。
シールド とは、ソロワークを死守するためのあらゆる仕組みと取り組みを指します。
たとえば自宅でリモートワークをしていて、パートナーと子供が一人ずついるとします。この状態でシールドをつくるとなると、「今日 10:00~12:00 の間は一切話しかけてくるな」「部屋にも入ってくるな」「たまにトイレやリビングに行くこともあるが、会っても絶対に話しかけてくるな」のレベルになります。おそらく口頭だけでは難しいでしょうから個室を確保したり、ドアに掲示したり、場合によっては耳栓が必要かもしれません。しかし本当に緊急なときはさすがに無視はできませんから、緊急コールの手段も事前に打ち合わせておいた方がいいでしょう。
もう一つ例を挙げます。日頃からクリエイティブ・シンキングを多用したい場合、生活そのものを孤独に寄せる必要があります。友達をつくらない、恋人その他パートナーもつくらない、ペットも飼わないことを徹底することになります。一つ目の例では自宅でシールドをつくっていましたが、そもそも独り者であればその必要もないわけです。
セキュリティの「境界」の考え方と似ています。どこにシールドを置くかという話です。外側に置いておけば融通は利きやすい(CPPF を諦めなくていい)ですが、内側はガバガバなので別途小さなシールドを使い分けねばなりません。逆に内側に置いておくと自分の孤独を守りやすいですが、CPPF を諦めるくらい極端な生き方になりがちです。コンピュータのセキュリティであれば設定は自在ですが、私たちは人間です――ゆえに設定はあまり変更できません。状況に応じて CPPF を諦めたり、許容したりといったことは不可能でしょう。そもそも CPPF は生き物であり、尊重の対象であって、自分の都合で付き合い方を振り回していいものではない。
別の観点として、シールドは生き物から守るだけのものではありません。仮に中毒ほどではないがアルコールと SNS に依存しているとします。おそらくクリエイティブ・シンキングはまともにできないでしょう。この人は、ひとりではあるかもしれませんが、ソロワーク原則は満たせていません。間接的に他人に頼っているからです。たとえばアルコールを摂るために酒場に出かけるでしょうし、SNS では当然アプリを介して人とやりとりをしています。
ソロワーク原則を踏みたいなら、このような間接的な干渉からもガードせねばならないのです。具体的にはアルコールに頼らない健全な肉体づくりの習慣をつくったり、SNS をブロックするアプリを入れたりすると思います。もちろん、これは一息で済むほどかんたんではなく、通常は自分の文脈に沿った、きめ細かいアプローチを数カ月単位で行っていくことになります。
ちなみにソフトスキルが有用です。たとえば「デトックス」の概念を知っているなら、アルコールや SNS のデトックスを試せるでしょう。あるいは試せない・試さないにしても「自分にはデトックスは合わない」との情報が得られます。これは前進です。こうして前進を続けていくことが大事であり、そのためにソフトスキル(特にそれを構成する様々な概念)が役立つのです。
パージ とはソロワークを阻んでいる要因を排除することを指します。具体的には以下の 3 パターンです:
前提としてパージは極めて強いニュアンスであり、衝突すら辞さないニュアンスです。上記の定義も「敵」と書いていますが、意図的です。無論、衝突は無い方がいいですが、ここまで述べたとおり、クリエイティブ・シンキングの考え方、特にソロワークの考え方はプロフェッショナルなものであり、多くの人にとって馴染みもなければ必要性もわかりません。説得はもちろん、理解してもらうだけでも骨が折れます。だからこそ 衝突してでも半ば無理やり勝ち取るべきです。
それぞれの違いを見ていきましょう。
まずプリパージは最も重要なパージであり、戦略としては「自分の居場所を変えずに相手を追い出す」か「自分が居場所を変えることで相手から離れる」の二択があります。やりやすいのは後者です。たとえば自宅で毎日 2 時間のソロワークを確保したい場合、おそらく自分の部屋から家族やペットを追い出すよりも、集中できそうな外出先をどこか確保した方が楽でしょう。仕事でも同様で、ひとりになれる 環境 をどれだけ揃えられるかにかかっています。必要になったときにいきなりやるのは難しいし、間に合わないことも多いので、日頃から調査、検討、試行しておきたいところです。
より高度な話をすると、そもそもソロワークしやすいあり方に寄せていくことも考えられます。CPPF を持たないようにするために日頃から何をするか。あるいは高密度なチームワークやマイクロマネジメントの無い仕事でキャリアを築いていくために、今から何をしていかなければならないか――こういった「望ましい状態」を定義した上で、長い目で見て寄せていくのです。
次にミッドパージですが、これはシールドを構える前後での説得や啓蒙を指すものと考えてください。当たり前ですが、私たちは単純ではないのですが、シールドを構え始めてから即座にソロワークが手に入るわけではありません。シールドが定着するまで、しばらくは個別に対処して回ることになります。理解してくれない相手が折れるまで繰り返し伝えたり、逆に 3 時間のソロワークがほしかったのに 1.5 時間までにしてくれとお願いされてこちらが譲歩することになるかもしれません。
とにかく、シールドの定着に向けて、敵それぞれに 個別に アプローチします。最適な排除の仕方が人それぞれなので、面倒ですが個別に対処してください。同じ説得の文言を使い回す、などあってはならないことです。相手に寄り添って、相手や組織のための提案なのだという点を匂わせたいのです。パージという字面とは矛盾するかもしれませんが、パージとリスペクトは両立し得ます。バランスのいい伝え方があるはずです。それでも、「パージ」ですので、相手を排除する方向に動きます。安易に譲歩を許していると、シールドはすぐに壊れてしまいます。繰り返し強調しますが、これはパージです。相手は敵であり、敵を排除するべきなのです。それくらいのつもりで強く主張しましょう。
とはいえ全員に伝えればいいわけでもありません。たとえば自宅で子供が敵であるなら、パートナーは経由せず、子供をこっそり説得するだけで済むかもしれません。職場のチームの場合も、メンバー全員に伝えるよりもマネージャーにだけ理解してもらって、後は任せた方が良いこともあります。
最後にポストパージですが、これはシールドを運用し始めた後の話で、単にシールドを越えてきた敵を排除するだけです。ポストパージはミッドパージ以上に厳しくしてください。シールドとして「10:00 ~ 12:00 の 2 時間のソロワーク」を掲げていた場合に、それでも割り込んできた者がいたら、容赦なく排除してください。たとえば「12 時以降にしてくれ」と一言言って無視します。
別の言い方をすると、妥協その他調整はミッドパージの段階で済ませておくべき です。ポストパージでは純粋にシールドを運用し、敵はすべて排除します。そうして厳密かつ無慈悲に運用するからこそ、シールドの有効性を検証できます。シールドの扱いが曖昧だと意味がないのです。
ここでもし「ポストパージなんて行えないよ」と考える人がいらっしゃれば、そうしなくても済むようなプリパージを練り直してください。どうしても最適なプリパージが行えない場合は、根本的な原因が何かしらあるはずなので、それを排除するか、そこからの逃走を考えてください。たとえば自立、異動や転職、離婚、新しい何かを雇う等です。