アイデンティティという言葉を「容姿と性別と本名」として使わせてください。
アイデンティティを使うことは当たり前とされていますが、差別や偏見、執着などによるリスクも知られています。対策としてハンドルネームやアバターはすでに使われていますし、性別を回答しないあり方もあれば、一部の接客業では名札に仮名を使っています。
アイデンティティを使うという当たり前を、疑うときが来ているのではないでしょうか。
マスクド・アイデンティティ(Masked Identity)とは、ダミーのアイデンティティを使うこと、あるいは使ったその人そのものを指します。
マスクド・アイデンティティを実際に会社で運用する際のポイントを、かんたんに述べます。
可能ならアイデンティティを扱うこと自体をやめたいですが、難しいでしょう。
少なくとも本名については、労働基準法により労働者名簿をメンテナンスする必要性があることから必須になるはずです。
上手いバランスは、アイデンティティ情報を「センシティブな情報」として扱うことです。
センシティブな情報の例として人種や信条、病歴や犯罪歴、家柄や本籍などがあります。アイデンティティもこれらと同じ扱いにするのです。
なお、センシティブな情報には、会社に提出するものとしないものがありますが、前述のとおり、アイデンティティの、少なくとも本名については提出は避けられないでしょう。
本人であることの証明には、実はアイデンティティは無くても済ませられます。
技術的には認証の話です。 認証には以下3種類があります。
要するに、これら認証手段があれば、アイデンティティを使わなくても本人確認はできます。
とはいえ、ハッキングされると危ないですし、従業員側のリテラシーが低いと、やはり漏らしたりしてしまうでしょう。
そういう意味で、アナログなアイデンティティベースの認証(直接顔と氏名と性別を確認する&書類にも残す)はリスクに強いわけですが、これではマスクド・アイデンティティの意味がありません。
そこで使えるのがハイブリッド戦略です。
ハイブリッド戦略では、アイデンティティを扱う者を限定させます。センシティブな情報が人事部しか扱えないのと同じで、アイデンティティを扱う専用部門をつくります。これをアイデンティティ・オフィスと呼びます。
つまり会社の代表として、アイデンティティ・オフィスが、従業員の認証を行うのです。
このためだけに専用部門をつくるなど贅沢に聞こえますが、他にもやることは色々あります。マスク(後述します)の配布や整備、従業員への啓蒙やガバナンスなども必要です。部門化する価値はあります。
あるいは、信頼できる外部組織に任せるのもアリでしょう。将来的にはそういう事業も登場すると思います。あるいは読者のあなたが始めても良いでしょう。
マスクド・アイデンティティにおいて重要となる概念がマスクです。
マスクとは、アイデンティティの代わりに被るダミーのアイデンティティを指します。
容姿については、デジタルではアバターです。
アナログでは変装で使う諸手段が使えます。たとえば仮面、白いマスク、覆面、濃いメイクなどです。現状はまだ決定的に使いやすい手段がないですが、マスクド・アイデンティティが広まり需要が高まれば、そのようなアイテムも出てくるでしょう。
性別については、非表示で済みます。
現状でもアンケートや会員登録などで回答を伏せることのできる例は珍しくありません。
本名についてはハンドルネームまたはIDが使えます。
ただし、言及のしやすさを考えると名前が良いでしょう。また手続き上、一意に区別したい場合があるので、社員番号のような統一的なIDも必要です。
使うマスクは一つであるとは限りません。
社内であっても、自分を知らせる必要がなければ、普段とは異なるマスクを使うことができます。たとえば社内イベントにて、参加者全員に使い捨てのマスクを被ってもらうこともできます。
マスクは事前につくっておいて選ばせてもよいでしょう。
リピーターを要さない接客の場合は、この方式が使えます。
仮にスタッフがAさん、Bさん、……と10人いるとして、マスクとしてアリス、ボブ、……などの名前が10個あるとします。
今日はAさんがアリスを使う、明日はAさんはボブを使う――といったことがあっても良いわけです。
これをリキッドアサインと呼びます。マスクの付与が流動的なわけです。
リキッドアサインのメリットは、アイデンティティが変わることや変えてもいいことを、従業員各々が体感できることです。
現代はまだまだアイデンティティに縛られています。
マスクド・アイデンティティを使っていくことで、この古いパラダイムを崩して、新しいパラダイムを導けるでしょう。
冒頭で述べた多様性の促進や、リキッドアサインのメリットとして述べたことなども、まさにそのためです。私たちのメンタルモデルを、
「アイデンティティは素のままで固定的」
から、
「マスクを使った流動的」
に切り替えることで、今後色々なあり方や道具が生まれてくるはずです。本記事がその礎となることを期待します。