多様性を推進する文脈では、よく「皆がわがまま言ってたらきりがない」「一人を例外にすると組織が成立しない」といった反論が出ます。
この反論に応えるのがReject and Openです。
Reject and Openとは、拒否するならその事情をオープンにせよという原則です。
HSPやASDとして配慮されたいなら、HSPであることやASDであることは公言します。しなくてはなりません。
育児を並行する人が、会社の制度だけでは足りずにさらに配慮が欲しいのなら、やはり育児として抱える事情を公言します。たとえば「シングルマザーで他に頼れる人がいない」「給料も平社員なのでそんなに高くなくて、シッターを雇えるほどではない」「子どもが障害児なので通常の育児よりも大変」などです。
このように、配慮してもらうために公言をもって誠意を示します。配慮する側も公言をもって誠意を了承し、配慮を行います。
オープンにすること、が重たいものだからです。
Reject and Openは、言わば自分の弱みやプライベートをさらけ出すことに等しいです。たいていの組織では不利に働きますし、安易にこれらを晒すことは強い抵抗感を伴います。なのに、わざわざ公開してでも、配慮してほしいわけです。
逆を言えば、さらけ出せない人は、所詮その程度なのです。そういう人は我慢すれば良いだけですし、現に今もそうしているでしょう。
公言の範囲には議論の余地があります。全社的に公開するのはやりすぎでしょう。カミングアウトと同等の扱いが良いと思います。つまり、
とすることです。
もう一つ、可能なら「チーム内」や「部署内」レベルにまで公開範囲を広げたいです。そうしないとオープンのハードルが低く捉えられる可能性があり、サボりの手段として使われてしまいます。
極端な話、上司にだけオープンにして、でも他のチームメンバーでは一切伝えなくて、それを「私の許可なくバラすのはやめてくださいね」と押さえるわけです。こうすると、上司以外のメンバーは引き続き「事情がわからないのに配慮しないといけないのか」となります。
この不和を防ぐためには、ある程度の広さへのオープンが必要なのです。これはペナルティであり、ハードルでもあります。そこまでして配慮してほしい人だけが、多様性として認められます。
Reject and Openは以下記事で取り上げたものでした。