仕事術に関して、よくある問いの一つが「保証の有無」です。
事例はないのか? 研究はあるのか? といったことです。その仕事術の有効性は証明されているんだよね?を知りたいわけです。
無論、証明があるに越したことはないですが、ないことの方が多いです。そもそも仕事術との付き合い方が間違っています。
仕事術は、自分でつくるものです。
仕事術が語るのは「概要」と「作者本人による数少ない例」にすぎません。例は無いこともあります。
利用者が行うことは、概要を理解し、共感や可能性を感じることです。感じたら、その続きは自分でつくります。
仕事術は個人的なものですし、内容自体はそんなに難しくありません。ですので、自分や自組織自身で、自分たちに合ったものをつくります。概要は羅針盤にすぎません。
この考え方を理解するために、宣言的という概念を紹介します。
ソフトウェア開発の用語ですが、手続き的 vs 宣言的の構図です。
エアコンで部屋の温度を快適に保ちたいとします。
まず従来の「手続き的」だと、自分でリモコンを操作して、パネルの温度表示や浴びる風量を見ながら「これくらいかな?」と調整すると思います。
次に「宣言的」の場合は、24℃で固定して、とありたい姿を宣言します。これだけです。実際に24℃に調整する部分は機械に委ねます。ありたい姿を満たしたいだけなので、どう満たすかは気にしません。
従来の「手続き的」は、どうやるかを指示します。ソフトウェア開発の場合、どうやるかを全部プログラミングするわけですね。
一方、「宣言的」の場合、どうありたいかを指示します。どうやるかは機械に任せます。昔は全部人間がプログラミングしないといけませんでしたが、自動化や抽象化が進んだ現代では、ある程度は任せられるのです。
宣言的といえば、生成AIもまさにそうですよね。
どうありたいかをAIに指示することで、AIが答えを出します。人間はそれを見て微修正したり、気に入らない部分に追加の指示を出したりして、ぐるぐる回してつくっていきます。
実際には「どうやるか」も知っておいて、その視点で指示しないと良いものはつくれないですが……。ともあれ、どうありたいかベースでつくれる、宣言的な営みなのです。
改めて解説すると、仕事術もまた宣言的なものです。
例として一つ前の記事を取り上げましょう。
これは面接の絶対性を疑うために、面というたとえに注目して、線と点もあるよねと深堀りしたものです。実際にこのような事例や研究があったわけではありません。
言ってしまえば、机上の空論にすぎません。そうではなく、こういう背景をもとに、こういう概念を持ち出してみたんだけど、どうだろう?と問うています。
たとえば採用選考において、面接に頼る組織は多いと思いますが、この仕事術を見ると、面接以外の手段も検討できるはずです。面以外にも線と点で接する、という「ありたい姿」が宣言されているからです。
この姿を踏まえて、具体的にどうやればいいかはあなた達が考えることです。仕事術の役割は、ありたい姿という道しるべを提示できるところにあります。
最後に、用語も定義しておきましょう。このように宣言的に振る舞う者をディクレアラ(Declarer)と呼びます。
一方、従来の手続き的で「どうやるか」で動く人をプロシージャラ(Procedurer)と呼びます。
ビジネス全般ではプロシージャラが求められます。なぜなら実際に動くのは自分だからです。
一方、マネジメントや経営になると、ディクレアラが求められます。たとえば大企業の幹部は、自組織のビジョンと方針をつくって共有しますが、具体的な実現方法にまではタッチしません。そこは各自で考えよ、ということです。
仕事術も同じです。
仕事術の作者が、仕事術という形で宣言をしています。利用者は、それを踏まえて、自分でどうやるかを考えるのです。
仕事術にはディクレアラが求められます。字面からもプロシージャラだと思いがちですが、違うのです。
生成AIもそうだと思いますが、ディクレアラとして生きるためには「ありたい姿」と向き合わねばなりません。
自分で言語化して伝えたり、そうでなくとも他のありたい姿を読んで理解して、自分ごとに落とし込んで具体をつくっていかねばなりません。
仕事術は、まさにこのディクレアラの生き方の練習になります。当サイトでも様々な仕事術を紹介しているので、ぜひ練習してください!