過去記事では、集中にはスルーや「遮断力」 集中したいなら物理的な刺激を遮断するが重要だと書きましたが、もう一つあります。
それが意識の充填です。
充填の概念を理解していただくためには、意識を箱としてとらえる、という考え方を使います。
何かに意識を向けると、箱の中身にそれが入ります。まだ余裕がある場合は、他にも入れる(つまり他にも意識を向ける)ことができます。
ここからが肝心ですが、箱の中が空いていると不快になります。
人は空いている分は詰めたくなるものと考えてください。一種の欲求、あるいはもっと原始的な生理的反応であり、これに抗うのは難しいと考えてください。不快を感じるレベルで強制的に発動するものです(ものだと考えてください)。
以下のように、不快な状態だと集中が阻害されます:
空いていると集中が阻害されます、なら空けずに何かを詰め込めばいいのです。これを充填と呼びます。意識という箱に詰めるわけですね。
以前、以下記事で「負荷をかける」と表現しましたが、同じことを言っています。
箱の大きさは人それぞれです。
箱が小さい人は、特段充填をしなくても「別に普通に集中できますけど」で済みます。
しかし、箱が大きい人は、たとえば今やるべき仕事だけではスッカスカなので集中できません。いろんなものを詰め込んで充填しなければなりません。
後述しますが、ながら作業をしたり、部屋が汚かったり、あるいは賑やかな場所に出かけたりペットを飼ったりする人は、おそらく箱が大きい人達です。充填の必要性を感覚的に理解しているからこそ、そういうものに手が伸びます。
逆に箱が小さい人は、そういうものには一切手が伸びないか、伸びるにしても仕事中は必ず切り離します。たとえば仕事中にペットが乱入してくるといったことは絶対に許しません。この手のタイプはリモートよりも出社を好んだりします。
と、箱の違いによって、その人の行動原理をある程度推し量ることができます。容易に想像できると思いますが、両者は相容れません。
仕事術2.0としては、この箱も多様性の一つとして捉えたいと考えています。大きい人も、小さい人も、どちらもあり方の違いにすぎず、どちらにも配慮したいのです。
意識の多様性(Consciousness Diversity)と呼びます。
大きい人しか考慮しないと、小さい人はまともに集中できません。すでに箱が満杯なのに、他にもいろいろな刺激があって鬱陶しいからです。小さい人は「片付けねば」という意識が働きます。その必要がない大きい人とは衝突しがちです。私生活でよくある光景ではないでしょうか。
逆に、小さい人しか考慮しないと、大きい人もやはり集中できません。加えて浮きます。箱が全然満たされないので、あれこれ満たそうとして暴れがちになるからです。これはじっとしていられないとか、言動が不真面目といった形で表れます。社会不適合の烙印をおされがちです。
理屈はこれくらいにして、充填のやり方に入りましょう。大まかに3つに分けられます。