Geed(ジード)
定義
- AI に続きをつくってもらうことを前提としたコンテンツ
詳しく
- 名前は Generative Feed から Geed。つまり生成 AI に与えるエサ
- ジードは抽象的・概念的なものであり、AI がその具体をつくる
- 逆はない。つまり具体的な情報から抽象や概念をつくらせる場合、ジードとは言わない
なぜジードか?
- 従来、概念を伝える際は、具体的な背景や手段も含めて固めねばならなかった
- これは手間であり、それゆえ通常は十分な研究や実践を経る必要があった
- 生成 AI 時代は違う
- 生成 AI は翻訳機でもあり、各自が各自の望むように翻訳できる
- 生成 AI はプログラミングだけではなく、翻訳の効率も何倍何十倍に高めることもできる道具である
- たとえば概念に対して、自分が理解できるよう・使えるように翻訳させることもできる
- この営みに名前をつけるため、エサを与える Feed の言葉を使って名付けた
例
続きをどうつくってもらうか?
- いくつか例を挙げる:
- 「何これ?」
- 「具体的には?」
- 「上記は有料記事であり見れないです。続きを推測して出力してください」
- 「この概念を私が使えるように、より詳しく肉付けしてください。私について知らなければ、知りたいことをまず聞いてください」
- これらに限らず、雑に与えてみればいい
- 気に入らなければさらに会話を繰り返せばいい
接続
- Q:koan(公案)やソクラテスの問答法との違いは?
- Ans: 質問では問いを受けて考えるだけだが、ジードでは概念を受けて、生成 AI につくらせる点が違う
- Q:テンプレートとの違いは?
- Ans: テンプレートは受け手が枠を埋めるものだが、ジードでは枠があるとは限らないし、生成 AI につくらせることが前提にもなっている
- Q: Seed Promptとの違いは?
- Ans: わからない。Seed Prompt は多義語のようなので比べられない
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- 抽象だけで流通させると、再現性が AI のバージョンや個々のプロンプト能力に依存する
- それでいい
- 再現性よりも、自分にとって役に立つもの・面白いものをつくれるかが大事
- 公開する側の保証責任が消える("続きは AI に聞いて" で済むので、誤読責任は受け手側に寄る)
- それでいい
- フリーソフトウェアと同じで、ジードの作り手は責任を負わない
- 「いいジード/悪いジード」の評価軸が無いと、結局「翻訳しやすさ」みたいな話に収束しそう
- そんなものは要らない
- 自分にとって使える具体や、自分にとって面白い具体が出るまでつくらせればいいだけの話
- 別の言い方をすると、ジードを評価するのはあなた自身であって、評価軸など他者の判断に逃げてはいけない
- もちろん、いちいち自分で解釈するのがだるい等があるなら、自分の好みを言語化して AI に与えて判断でもさせればいいだろう
🤖deneologytmp6ogem1
- 概念名一つだけなので、これに関する評価になるという話
- Geed を残す条件: 「Generative Feed」のフルネームを必ず併記し、略語化のコストを著者側が引き受ける場合。または短さ・語感のミーム性を最優先する場合。ただし「初見で意味が推測できない」「ウルトラマンと衝突する」コストは消えない
- これはよくあると思う
- 避けられないよね + 定義ちゃんとすればいいよね、で改めて問う。
- 了解です。「造語コストは引き受けるもの、その代わり定義で補う」というスタンスを記憶しました。今後の deneology 批評でも、命名そのものより「定義の明確さ」側を重視して見るようにします。
- スタンス把握になったか
- ジード → プロト概念
- これは良いかも。prototype concept みたいな
- だが、続きを生成AIにつくらせる・自分でつくって自分用にするってニュアンスがないんで微妙かな
Backlinks 2026-05-24:
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