邪推しても全く良いことがありません。
この場合、邪推じゃなくて「割と正確な推測」と言えます。
ならば推測に基づいて上手く立ち回れば済むだけです。こうすれば行けそうというならやればいいし、どうしようもないなら距離を置けば良い。
最初は邪推していたが、実際話してみるとそうでもなかった、杞憂だったということはよくあります。
であるならば、「どうせ外れることが多い」のだから、邪推はやめた方がいいでしょう。
むしろ、日頃から邪推することで自分のメンタルもキツイですし、その人へのあたりもきつくなります。邪推が正しくなかったとすると、実際そうでもないのに、一方的にきつくなっているわけで、これは自分の首を締める行動です。で、邪推が外れることが多いのなら、そうなる可能性も高い。
なら、その根本である、邪推そのものをやめた方が良いと言えると思います。
ポイントは二点です。
自分がどう考えるかという話であり、その考えをやめようという話なので他者や環境はあてになりません。
※考える暇がないほど忙しくする、は解の一つです。
頼れるのは自分だけです。つまり、自分で「邪推している自分」に気付いて、自分の意思でやめる必要があります。
瞑想やメインドフルネスという言い方がされることもありますが、要はメタ認知です。
もう一つ、どうしても考え尽くしたい、もやもやしているという場合もありますので、その場合は考え尽くすことで発散しましょう。
とことん考え抜いて「考えきった」という段階に至れたら、それ以上はないのでもやもやも消えます。当サイトでは「内省」として取り上げています。
メタ認知と内省の両方でもダメな場合は、適性がありませんので、考える暇がないほど忙しくなってください。
実は、これが最もシンプルな方法で、自己啓発書や金言などでもよく見かけるほどの鉄板でもあります。
パートナーと一緒に暮らしたり、子供をうんで育児をしたり、ペットと暮らしたりといった「大変な営み」をなぜするかというと、考えなくて済むからです。特に養育欲求は、ケンリックの欲求ピラミッドでは最上位に置かれるほど強いそうです。
※欲求ピラミッドはマズローが有名ですが、近年ではケンリックを支持する声も増えてきました。本記事では詳細は割愛します。note記事を一つ見つけたので置いておきます。
https://note.com/medemirou/n/n1e0cd2dc2f7a
邪推は仮説であり、仮説は検証されねばスッキリしません。検証するためには、邪推先となる相手に働きかけねばなりません。
具体的には、
などです。
別の言い方をすると、働きかけるための行動をさっさとせよ、と言えます。早ければ早い方がいいです。行動をして、スッキリするまでは基本的に永続します。偶然働きかけが起きたら良いですが、そうそう起きません。
異文化理解力の8つの指標と、特に日本の傾向であり、直接言わずに「察しろ」を美徳としますから、察せない人は不利です。
これは文化的なものなので、ローコンテキスト的に「率直に言い合おうぜ」と持ち込もうとしても、相手は中々言いません。言ったとしても間接的で遠回しです。
ですので、ハイコンテクストを読めない側の人は、日本の文化圏では正直不利(邪推に疲弊しやすい)だと思います。
だからこそ、食い止めるため・働きかけるための行動を意識して、積極的にやってください。それが自分の精神を守ることにも繋がります。